やいやい騒いでいると、なんだなんだと人が集まり、玲夜の写真が共有されていく。
「うわっ、めっちゃイケメン」
「誰の彼氏?」
「柚子だって」
「なんて羨ましい!」
羨望の眼差しを向けられる柚子はなんとも居たたまれない。
「その人、鬼のあやかしなのよ」
などと透子が付け加える。
「あー、だから小さな鬼を連れてるんだ」
「でも、ちっちゃな龍も腕に巻き付いてるね」
どうやら他の子たちも子鬼や龍のことは気になっていたようで、合点がいったという様子。
「どっちも柚子のボディガードよ。柚子の旦那が、変な虫が付かないか心配してね」
「へぇ、愛されてる~」
からかうようにクラスメイトたちはやし立てる。
「じゃあ、俺の出番はなしかな?」
人垣を割って現れた青年は、優生と言う。
優生は柚子の祖母の姉弟の孫。
つまり、柚子のはとこにあたる人物だ。
はとこといっても、それほど交流はなく、中学の卒業以降優生と会うこともなかった。
柚子の方が避けていたというのもある。
親戚の集まりにはなにかと理由を付けて欠席していたのだ。
なぜか柚子は昔からこの優生が苦手だった。
理由は自分でも分からない。
別に嫌がらせをされたというわけでもなく、嫌な記憶はない。
優生自身は明るく爽やかな好青年と言われてクラスの中でも中心的人物だった。
良くも悪くも普通な柚子とは少しキャラが違っていて、それで苦手にしているのかもしれないと思っていたが、できるだけ関わりたくない柚子と違い、なぜか優生はよく柚子に構ってきていた。
優生の方は、はとこだということで親近感を覚えてのことだったのかもしれないが、柚子はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。
もちろん顔には出さなかったけれど。
なぜなら誰に言ったところで理解されなかったからだ。
それだけ優生は誰にでも人当たりがよく、人気が高かった。
透子にでさえ、そのことを言っても理解されずだった。
それでも透子は柚子の気持ちを優先してくれ、なにかとふたりきりにならないように手助けをしてくれていたが、優生が柚子を構うことは卒業まで変わらなかった。
柚子が彼氏を作ったのも、優生の構い方が以前より増して多くなった頃。
彼氏がいればそれを理由に優生と一緒にいることを避けられると感じたからでもある。
とは言え、もちろん元彼のことは柚子なりに好意があったから付き合っていたのだが、正直言うと今は顔も朧気だったりする。
少し申し訳ないと思うが、柚子には優生の印象の方が強かったのだ。
悪い意味で。
それに、元彼にはある日突然別れを告げられてしまった。
今でも理由は分からない。
本当に突然で、理由を聞いてもまるでなにかに怯えるように頑なに理由を話さなかった。
別れる意思は固く、柚子がどんなに言葉を重ねてもはねのけられ、仕方なく柚子は別れを受け入れたのだが、それからしばらくはかなり落ち込んでいた。
傷の上塗りをするように優生がなにかと話しかけてきたので、余計につらかったのを覚えている。
今回の同窓会にも、委員長に確認したところ優生は出席しないと聞いていたのだ。
なので、気分よくやって来たというのに、優生が来ると分かっていたら来たりしなかった。
「透子、どういうこと?」
委員長に優生が来るか確認したのは透子である。
それ故どうしても責めるような言い方になってしまった。
「私はちゃんと聞いたわよ。来ないって言ってたもの」
透子も思いもよらなかったのか、慌てて否定する。
透子は確認すべく委員長の元へと向かってしまったが、そうすると柚子はひとりになってしまう。
「と、透子!」
置いてけぼりにされた柚子の行く手を阻むように優生が前に立つ。
「久しぶりだね、柚子」
「うん、久しぶり……」
柚子は顔が引き攣らないようにするのに精いっぱいだ。
心の中で早く帰ってきてくれと透子を呼ぶが姿は見えない。
「さっき言ってたことって本当?」
「さっき?」
「彼氏がいるってこと」
「うん、そうだけど……」
「鬼なんだって?」
「うん……」
「ふーん。鬼、ねぇ」
優生は笑顔だというのに、なぜかその笑顔が恐いと感じてしまう。
早くここから離れたいと思うのに、足が張り付いたように動かない。
そんな柚子の左手を優生が持ち上げる。
急に触られた柚子はびくりと体を震わせてしまう。
とっさに振り払おうと体が動いたが、強い力で掴まれた手はびくともしない。
「な、なに?」
「この指輪もその鬼からもらったの?」
「うん。……離して?」
さりげなく手を抜こうとするが、そうさせてはくれず、優生はじっと柚子の左手の指にはまる玲夜の瞳のような紅い石が付いた指輪を見つめている。
「ちっ、忌々しい鬼が……」
突然の舌打ちと、優生からは考えられない恐い顔。
柚子も思わず体を強張らせてしまう。
すぐに優生はいつもの笑顔に戻ったが、柚子の心臓はバクバクと激しく鼓動する。
早く離して欲しいと恐怖が襲う。
なぜこんなに怯えているのか柚子自身が分からない。
そんな時、柚子の腕に巻き付いていた龍が動いた。
その尾で思い切り優生の手を叩き落としたのである。
音だけでもかなりの威力があっただろうと思われるその一撃を受けて、優生の手はぱっと離された。
『触るな、小僧』
喉を震わせるような低い声。
その眼差しは親の敵を見るかのように鋭い。
まるでその眼差しだけで相手を傷付けそうなほどに。
優生は赤くなった手には構わず、驚いたように龍を見ていた。
そして、その表情がにこやかになる。
「あ~あ、どうやら嫌われちゃったみたいだ。ここは退散するかな。またね、柚子」
笑みを残して優生は背を向けて離れていった。
正直またなど二度とあってほしくない。
優生がいなくなったことで、途端に息ができるようになったような気がして、深く息を吐きだした。
「はぁぁ……」
『大丈夫か、柚子?』
龍は心配そうに柚子の顔色を窺う。
「大丈夫だよ。ちょっと手を掴まれただけなんだし」
そう、優生はなにもしていない。
ただ手を掴んだだけ。
子鬼たちも危険はないと判断して反応はしなかった。
それなのに、どうして立っているのがやっとなほど体が震えそうになるのか。
「彼は私のはとこなの」
『はとこ?』
「うん。おばあちゃんの姉弟の孫にあたるの」
『つまり、一龍斎の血を引いているということか』
祖母の家系は一龍斎の血をわずかながらに引いていることが、鬼龍院の調査で分かっている。
「まあ、そうなるのかな? って言っても傍流の薄い血なんでしょう?」
『まあ、そうなのだがな……』
龍は柚子の腕から離れ正面に浮かぶ。
『柚子はあれが恐いのではないか?』
心の中を言い当てられ、柚子は頷くこともできずに苦笑するしかない。
『柚子、我がおる。ちゃんと護るから心配するな』
そう言って、柚子の頬にスリスリと頭をこすりつける。
「護るもなにも、はとこだってば」
笑ってごまかした柚子だが、その言葉が揺れる心を穏やかにしてくれた。