夕食の席に向かえば、すでに玲夜が座っていた。
「玲夜帰ってきてたの?」
「ああ、さっきな」
「ごめんね、気付かなくて」
 祖父母がいることで、柚子も玲夜の帰宅を忘れてはしゃいでしまったことを申し訳なく思う。
「いや、せっかくの水入らずだ。今の間だけでも楽しんだらいい」
 独占欲の塊のような玲夜のこと。てっきり焼きもちの言葉のひとつでもあるかと思ったが、祖父母の前とあっていつもと違い大人な対応だ。
 柚子の定位置に座り、祖父母も用意された場所に座る。
 見計らったようにお膳が運ばれて、夕食が始まった。
 いつもならここで玲夜の尋問ならぬ、一日どう過ごしたかの報告みたいな会話が始まるが、祖父母のいる今は玲夜も静かにしており、自然と柚子と祖母がしゃべっている。
 祖父も口下手な方なので、もっぱら聞き役だ。
 大学ではどうなのか、かくりよ学園とはどんなところかなど、最近会えなかった分も含めて、祖母との間では会話が尽きない。
 そんな話をしていると、昼間の透子との会話を思い出した。
「あっ……。玲夜にお願いがあったんだった」
「なんだ?」
「あのね、今度中学の同級生とで同窓会をしようってことになってるの。行ってもいい?」
「同窓会か……」
 なんとなく反応の悪い玲夜に柚子は反対されるのではと不安になる。
「駄目?」
 じっと見つめながらされるお願いに玲夜が弱いのはここ最近でようやく分かってきたところである。
 どうしても行きたい柚子は、あざといと分かりつつ玲夜を見つめる。
 玲夜の顔が難しいものから悩むものへと変化したのを実感し、もうちょっとだと思った時に、味方であるはずの祖母から爆弾が投下された。
「あら、中学のお友達と同窓会なんて素敵ね。それにほら、なんて言ったかしら、柚子の昔の彼氏。ファーストキスの相手だって知った時、おじいさんが不機嫌になっちゃってね。同窓会で再会して、やっぱりお前が好きだ! なんてドラマみたいなことがあったりして。まあ、柚子にはもう鬼龍院さんがいるから関係ないでしょうけど」
「おおおおばあちゃん!」
 柚子は激しく動揺した。
 祖母に悪意がないのは分かる。
 まるで、恋愛ドラマを見ている乙女のようにキャッキャしているので、思わず妄想が漏れただけなのだろう。
 けれど、玲夜の前でだけは心の中でしまっていてほしかった。
「柚子」
 静かな……。恐いほどに静かな玲夜の声に顔を向けると、玲夜口角を上げていた。
 笑っている……。
 思ったり大丈夫だったか。そう思ったが……。
「同窓会は不参加にしろ」
 無情な判断が下された。
 しかも、なぜか祖父までもが、玲夜に同意するように頷いているではないか。
「ちょ、ちょっと待って玲夜。別に元彼が目当てで行くわけじゃないんだし」
「つまり、そいつも来るんだな?」
 しまった!と、口を押さえたが後の祭り。
「えっと、いや、その……」
「どうなんだ?」
「来るみたいだけど、でも私は友達に会いたいだけだから」
「昔の男が来ると分かって、俺が許すと思うのか?」
「うっ、思わないけど……。でも行きたいの」
 柚子は最後の手段に出た。
 あざとかわいい女なら絶対にやるだろう、上目遣いからのおねだり。
 玲夜へここぞという時に使えと透子からの助言があった柚子の最終手段。
「玲夜、お願い」
 かわいらしく猫撫で声を出して言ってみたが玲夜はばっさり。
「駄目だ」
 がーんと柚子はショックを受ける。
 どうやら自分では魅力が足らなかったらしいと心の中で透子に助けを求めた。
 きっと桜子ぐらいのかわいさがあったら成功していたのだろうが、普通顔の柚子では無理があったよう。
「あらあら、仲がいいわね」
 ことの原因である祖母は楽しそうに見ているだけだ。
 柚子はもう半泣き。
「玲夜ぁ~」
「だ、め、だ」
「そこをなんとかぁ」
 ここで負けてしまったら今後も同窓会に行かせてもらえなくなると柚子は必死だ。
「玲夜だって元カノのひとりやふたりいるでしょう~?」
「いない」
 柚子は目を丸くした。
「嘘だ。絶対いるでしょう?」
「恋人はいたことがない」
「恋人“は”? つまり恋人じゃない女はいたってこと?」
 玲夜が珍しく、しまった!という顔をしたが一瞬で無表情に戻った。
 しかし、見逃す柚子ではない。
「……沙良様に確認していい?」
 じとっとした眼差しで問い詰めていく。
 きっと沙良ならばその辺りの事情にも詳しいだろう。
 そして、ノリノリで聞いたこと以上のことを教えてくれそうだ。
 それを誰より分かっている息子の玲夜は即座に反対。
「駄目だ」
「じゃあ、昔のことを沙良様に聞くか、同窓会に行くのを許すか、どっちか選んで」
「……柚子、最近俺に遠慮がなくなったんじゃないか?」
 昔の柚子ならば玲夜に言われるまま諦めただろう。
 玲夜に強く言うことができずに遠慮して。
 けれど、最近の柚子はひと味違うのだ。
「言いたいことはちゃんと口にするって言ったでしょう」
 その言葉は玲夜が柚子にプロポーズした時に柚子が言った言葉である。
 にっこりと微笑む柚子に、玲夜は深い溜息を吐いた。
 こうして、柚子は同窓会の参加を無理やりもぎ取ったのであった。
 だが、少々玲夜の過去の女遍歴を知りたい気もしてきて、結果悶々とすることになるのだった。