家に帰ってきた柚子は、荷物を置いて楽な服装に着替えると、普段は使われていない客間へと向かった。
「入っていい?」
「どうぞ」
中に入ると、まろとみるくをそれぞれ膝の上に乗せた、柚子の祖父と祖母が座っていた。
おかえりと微笑む祖母にただいまと告げて、柚子も祖父母の前に座る。
なぜ祖父母がこの屋敷の客間にいるのかというと、以前に柚子が当てた宝くじが理由だった。
それとなく、もしも宝くじが当たったらどうする?という話をすると、祖父母はなんだかんだと盛り上がった結果、古くなった家をリフォームしたいなと意見を揃えた。
どうやら最近、祖母が家の中のちょっとした段差で躓きこけてしまったそうなのだ。
年も取ってきたことで、こけやすくなってきたとも言う。
それで、これからのことも考えてバリアフリーにできたらいいなと語ったのだ。
その上で、年金生活ではそれができないなと笑いながら話すふたりを見て、柚子も宝くじの使い方を決めた。
最初、宝くじを換金したお金の入った通帳を見せたら腰を抜かしそうになっていたが、柚子が祖父母のためにお金を使いたいと言うと遠慮していた。
しかし、そこは持ってきた大量のリフォームのパンフレットと共に、こんなのはどうだと完成予想図を数パターン見せると、段々気分も乗り気になっていき、見事家のリフォームをすることを了承してくれたのだった。
柚子としても、祖父母の今後を考えれば安全で介護のしやすい家になるのは願ったりなので、当選金を使うことは惜しくない。
しかし、問題はリフォームの間どうするかだった。
最初は親戚の家に行くと言っていたのだが、それならば部屋のたくさんある玲夜の屋敷でも問題ないだろうと、玲夜の許可を取った上で祖父母を招いたのだ。
ちなみにリフォームを頼んだ会社も鬼龍院の会社の傘下だったりして、鬼龍院の影響力の広さを知ることになるのだった。
「おじいちゃんもおばあちゃんもここの生活は大丈夫? 不自由ない?」
ここに仕える使用人たちの親切さは柚子がよく分かっていたので、滅多なことはないだろうが念のためだ。
「ええ、よくしてもらってるわよ。ねえ、おじいさん」
「ああ。わしらには勿体ないぐらいだな。どこぞの高級旅館に来たような気分だ」
「だよねぇ。私も最初そう思った。料理も美味しいし」
「本当ね。でも一番は、柚子がこの家でちゃんと大切にしてもらっているってことを身をもって知ることができたのが嬉しいわ」
「おばあちゃん……」
玲夜の屋敷で暮らすようになり、以前とは比べものにならないほど、祖父母の家に遊びに行く機会は減ってしまった。
そんな柚子をこれまでと変わらず心配してくれている祖父母には頭が上がらない。
「大丈夫だよ。玲夜も、この屋敷の人たちも、皆とっても優しい人たちだから」
「ええ、よく分かったわ」
優しく微笑む祖父母の顔を見て、柚子はなんだか泣きそうになった。
そんな気分をぶち壊す、強烈な雄叫び。
『ぎぃやあぁぁん!』
見れば龍がまたもや猫たちに襲われている。
柚子はやれやれと呆れた顔で龍を拾い上げた。
「駄目よ、まろ、みるく」
「アオーン」
「にゃん!」
それぞれの頭をぽんぽんと優しく撫でてやると、不服そうな鳴き声が返ってきた。
そんな猫たちの前に子鬼たちが仁王立ちする。
「あーい!」
「あいあい」
なにを言ってるか柚子にはさっぱり分からないが、子鬼が叱っているようだというのはなんとなく分かった。
まろとみるくはきちんと座って子鬼の話を聞いている。
「猫ちゃんたちは子鬼ちゃんたちの言ってることが分かるのかしら?」
祖母が不思議そうに首を傾げている。
「うーん。どうだろ。なんだかんだで子鬼ちゃんたちの言うことは聞いてるみたいだから理解してるのかも? 私の言ってることも分かってるみたいだし」
なにせ霊獣だ。
龍とは会話が成立しているのだから、同じ霊獣である二匹も同じだけの知性があってもおかしくはない。
まあ、そのわりには何度となく龍を襲っているわけだが、そこはやはり猫の本能が優先されるのかもしれない。
なにせ、龍はなんとも猫心をくすぐる動きをするのである。
透子に会いに東吉の家に行けば大変だ。
なにせあの家は猫屋敷と言っても過言ではないほどに猫がたくさんいる。
うねうねと動く龍は格好の餌食なのだ。
本人に自覚がないのが難点である。
子鬼は猫たちだけでなく、龍のことも叱っておくべきかもしれない。
止めろと言って止められるかは別として……。
子鬼に猫に龍と、かわいらしい子たちと共に、ワイワイ話をしていればあっという間に時間は経つ。
雪乃が呼びに来た時には夕食の時間になっていた。
「あらあら、もうこんな時間。いつもなら夕食の準備をしているのに、本当にお手伝いをしなくていいのかしら?」
家事をしている祖母は、ここに来てから一切の家事をしていないことに心苦しく感じているようだ。
それは柚子も最初の頃は感じていたこと。
しかし、無理に手伝おうとすれば、逆に気を使わせるということを理解してからは、割り切ることにしている。
しかし、ここに来て日の浅い祖母が割り切ることができるはずもない。
そんな祖母にも雪乃はにっこりと微笑んで諭す。
「柚子様のおばあ様は普段家事をなさっておいでなのですから、ここにいらっしゃる間ぐらいは甘えてごゆっくりなさってください。人間たまにはお休みは必要ですよ」
「ご迷惑ではないかしら?」
「使用人一同、むしろやりがいがあって喜んでおります。この屋敷にお客様がいらっしゃることは少ないので」
確かにこの屋敷に客が来ることは少ない。
たまに千夜と沙良が来たり透子が来たりするが、猫又というあやかしの中では弱い東吉は、鬼の集まるこの屋敷にはあまり来たがらないので、自然と透子がこの屋敷に来るより柚子が東吉の家に行く方が多いのだ。
そして、それ以外の人がこの屋敷に来たのを柚子は見たことがなかった。
使用人たちはここぞとばかりにやる気をみなぎらせているのかもしれない。
「どうぞ、お好きなだけお過ごしください」
そこまで言われては祖父母も否やを言えるはずもなく、恐縮しつつもそれを受け入れたのだった。