白無垢姿で現れた桜子は女神の如き美しさで柚子の目を釘付けにした。
「うわぁ、桜子さん綺麗……」
白無垢は桜子のためにあると言っても過言ではないほどによく似合っている。
思わず溜息を吐いてしまうほどに綺麗だ。
そんな姿を残そうとするカメラマンたちのやる気が分かるようなフラッシュの数が目をチカチカさせる。
柚子も負けずとカメラのシャッターを押した。
鬼龍院の分家の中でも有力な二家の結婚式とあって、たくさんの鬼の一族が参列していた。
見目麗しい鬼の一族がそろう光景は圧巻だが、そんな彼らをくすませてしまうほどの桜子の美しさ。
こんな花嫁をもらう高道を羨む者はすくなくないだろう。
もともと桜子は一方的に高道に恋心を抱いていただけあって、その表情は嬉しそう。
高道はいつも通りの笑顔なので喜んでいるのかはよく分からなかったが、嫌がってはいないはずだ。
と言うか、あんな綺麗な花嫁を嫌がっていたなら、方々から非難の嵐が吹き荒れるに違いない。
今日行われるのは挙式だけ。
あやかしの結婚式というのを見たことのない柚子は、特別な儀式でもあるのかと思ったが、予想外にもあっさりしたものだった。
主役のふたりの前に当主たる千夜が立ち、ふたりに対してよくある結婚の意思があるかの問いかけをし、ふたりはそれに同意して、夫婦として力を合わせていくという誓いの言葉をする。
人間のする結婚式でいう人前式のような形だ。
ひとつ違ったのは、誓いの言葉の後、ふたりの前にそれぞれ盃が用意され、ふたりは盃と共に用意された針で指を刺して血を一滴垂らした。
その盃に千夜が透明な液体を注ぎ、最後に花びらを一片落とした。
「玲夜、あれは?」
柚子は声を潜めて玲夜に問う。
「盃に血と酒と入れて、最後に桜の花びらを浮かべ、盃を交換して飲み干すんだ。桜は本家の裏にある一年中咲いている桜の木のものだ」
以前柚子が玲夜にプロポーズをされ指輪をもらった思い出の桜の木だ。
鬼龍院がこの血にいる時から咲き続けているという不思議な力を持った木。
その花びらが落とされた盃が交換され、相手の血の入った盃を一気に飲み干していく。
「あれって私もしないと駄目なやつ?」
「あれ?」
「針で指をプスッとするの」
恐る恐るといった様子の柚子に、玲夜は小さく笑う。
「ああ。鬼の一族の伝統の儀式だからな」
「うひゃぁ……」
式の最中なので、とても小さな声で悲鳴を上げた。
できれば痛いのは避けたい。
けれど伝統だと言われてしまったらやらざるをえないではないか。
いざその時、ちゃんと針で刺せるか心配である。
先にこうして鬼の一族の結婚式を見ていてよかったと心から思った。
急に言われてもやれる自信がないが、最初から知っていれば覚悟も違ってくるというもの。
ふたりが盃を飲み干して台の上に盃を置いたところで、盛大な拍手がされる。
思考がよそに向いていた柚子は、慌てて同じように手を叩いた。
そうして挙式が終わると、後は宴が始まる。
高砂席に座る高道と桜子からほど近い場所に柚子たちの席があったので、ふたりの姿を見放題、撮り放題で、カメラのシャッターを何度も押す。
隣にいる玲夜は少々呆れた様子だが、向かいにいる玲夜の母親の沙良は柚子以上にハイテンションでシャッターを切っているから問題ないだろう。
「桜子ちゃんたらかわいいわねぇ」
「まったくです。高道さんが後ろから刺されないか心配になるほどです」
そうこうしていると食事が運ばれてきたのでいったんカメラをテーブルに置く。
そして、千夜の乾杯の合図でそれぞれ飲み食いを始めた。
すでに二十歳となっている柚子は、初の日本酒に手を出したが、アルコールに馴れていない柚子は予想以上の強さに一口で止めてしまった。
口直しに急いでオレンジジュースを飲む。
それを見て玲夜や沙良はクスクスと笑った。
「柚子にはまだ早かったようだな」
「まだ馴れていないだけだもの。その内たくさん飲めるようになるわ」
なんだかお子様と言われているような気がして、柚子も向きになって反論する。
が、それがなおさら子供っぽいことに柚子は気付いていないようだ。
柚子の残したお酒は玲夜の口の中に消えていった。
食事を楽しんでいると、沙良が核心を突いてくる。
「玲夜君と柚子ちゃんはいつ結婚するの?」
思わずオレンジジュースを吹き出しそうになるほど動揺したが、玲夜はしれっと答えた。
「柚子が大学を卒業したらですよ」
「柚子ちゃんは今年大学三年生だから、来年の始めには準備していかないとね」
「えっ、もうそんな早くですか?」
柚子は驚いて聞き返した。
「そうよ~。結婚式っていうのは準備に時間がかかるんだから。女の子は特に衣装選びに時間がかかるのよ。もちろんオーダーメイドするわよね?」
「えっ?」
「はい」
「えっ?」
オーダーメイドと聞いて驚く柚子に対し、即答する玲夜に再度驚く柚子。
沙良を見て玲夜を見てと忙しない。
「柚子ちゃんは和装と洋装とどっちがいいの~?」
「まだ先のことと思ってたので全然考えてないです。でも、桜子さんみたいに白無垢も綺麗だし、真っ白なウエディングドレスも捨てがたいです」
「そうよね、そうよね。せっかくだから両方着ちゃえばいいのよ~」
「そんなことできるんですか?」
「今は前撮りって言って、結婚式の前に好きな衣装で写真を撮る人も多いらしいわよ。ここで行う式はどちらかというと和装が合うから、挙式は和装、前撮りはウエディングドレスで、なんていうのもいいわよね~」
うっとりとしながら話す沙良は、柚子のためというより自分がやりたそうな空気だ。
「どっちもいいなぁ」
「なら、前撮り用と挙式用と披露宴用と衣装を作ればいい」
玲夜はそう簡単に言うが、オーダーメイドで三着も作るなんてどんな金額になるのかと、考えただけで恐ろしい。
しかも、その時使うためだけにとは、贅沢すぎる。
けれど、それを口にしたところで、玲夜は一歩も引かないだろう。
むしろ、金額を気にするなど誰に言っていると怒り出しそうだ。
「うーん、まだ先のことだし考えとく」
そう言うのが柚子の精いっぱいだった。