引っ越してから早くも一週間が経った。


 家の中もすっかり片付いて、おばあちゃんの体調に変わりはなく、お父さんとお母さんは毎朝バタバタと仕事に出かけ、わたしも頑張って早起きして登校する。家の中もほとんど片付き、家族が一人増えた他は今までと変わらない当たり前の日常が続く。


 ひとつだけ、当たり前じゃないことが変わった。
 初日から気付いていた、部屋にいる時のあの違和感だ。


 一人でいるのに感じる、誰かからの視線。食べっぱなしにして、いつのまにか減っているお菓子。それどころか、机の上の物の位置が微妙に動いていることさえある。たとえば、読みかけたままページを下にして机に置いた漫画が、いつのまにかきちんと表紙を上にして置かれてあったり。


「お母さん、今日帰ってきてから、わたしの部屋、入った?」


 夕飯の支度を手伝いながら、お母さんに訊いてみた。お母さんははぁ、と眉をひそめる。


「入ってないわよ。今日はまだ洗濯物も片付けてないし」
「そう。ならいいんだけど」
「どうかしたの?」


 訝しげなお母さんの顔に、どんな言葉を返すべきか迷う。部屋の中で視線を感じる、なんて言っても、気のせいじゃないのと流されるに違いない。


「夕べ、寝る前に漫画読んでて。途中で眠くなったから、読んだところまでページをめくったまま、机の上に置いたんだけど。帰ってきたら、普通に表紙を上にして置いてあったから…..」

「それ、花音の勘違いよ。お母さんは本当に今日は花音の部屋に入ってないし、おばあちゃんは車椅子だから、二階には上がれないでしょう? たぶん、寝ぼけてたか、朝、無意識のうちに元に戻したのよ」

「だといいんだけど……この家、わたしたちの他に誰かが住んでるってことはない?」

「はぁ?」


 半ば呆れたような声だった。


「たとえば、屋根裏に誰かが潜んでるとか……おばあちゃんが入院してる間、三ヵ月もこの家、誰も住んでなかったんでしょ? その時、誰かが忍び込んだのかも」

「そんなわけないでしょう。私、この家の中で他の人の足音なんて聞いたことないわよ」

「だから、足音を立てないように普段は屋根裏に潜んでて、誰もいない時にトイレを使ったり、冷蔵庫のものを盗み食いしたり……」

「花音、怖い漫画の読み過ぎよ。冷蔵庫のものが毎日なくなってたら、さすがにお母さんでも気付くわ。そんな馬鹿な話してる暇あったら、手を動かしてちょうだい」


 つっけんどんに言って、お母さんはお味噌汁の鍋に味噌を溶いている。

 やっぱり、家族以外の誰かがこの家にいるなんてわたしの思い過ごしなんだろうか。もしわたしの想像通り、屋根裏に知らない誰かが潜んでいたら恐怖で卒倒するけれど、たしかに家族四人、誰にも気取られず上手い事他人の家に潜り込むなんて、普通に考えたら不可能だ。

 いや、不可能じゃないのかもしれない。たとえばトイレに行く回数を減らすため、食事を最低限に済ませているとしたら。冷蔵庫の中のものを盗み食いなんてしないで、昼間、デイケアでおばあちゃんがいない間、近所の小さな商店で食料を調達しているとしたら。

 不可能では、ないんだ。


 夕食が済んだ後、自室でスマホを使ってビデオカメラについて調べた。誰もいない昼間の間、部屋の中を撮っておこうと思ったんだ。調べると個人で使える監視カメラのようなものも、いくつか見つかった。でも、どれも値が張る。中古ならどうか、とフリマサイトで検索をかけてみたけれど、中古でもそれなりの値段はする。とても月々三千円のお小遣いじゃ買えない。


 スマホを置き、ふうとベッドに横になる。今は、視線は感じない。視線はいつでもあるわけじゃなく、夜寝ようとしている時や、部屋でくつろいでる時、ふっと思い出したように感じるんだ。それがもう一週間も続いている。家族以外の誰かがこの家に潜んでいるとしたら目的は何か。

斬新なアイディアを思いついたホームレス? それとも、家族の誰かを狙っているストーカー? どちらにしろ、怖すぎる。目的がわからないから、怖い。

 いや……考えても仕方ないか。


 夏休み中は夜の一時や二時まで起きていたわたしは、強制的な早起きのお陰で生活リズムが戻り、夜の十時を越えたら眠気が襲ってくるようになった。お風呂は済ませた。宿題もやった。グループラインにメッセージはない。今日はこのまま寝てしまおう。


 タオルケットを被って、わたしは微睡みに身を任せた。