15センチの恋人

 第十三章 いつまでも二人で

 おばあちゃんが入居している老人ホームは県内でも端のほうにあって、月に一度、家族で車でお見舞いに行くのがいつのまにか習わしになった。

 でもわたしは時々、大学の授業が午前中で終わった帰りに、ふらりとここを訪れる。おばあちゃんの顔が見たくて。秘密を分け合ったおばあちゃんと、こっそり女同士の話をするために。


「また、痩せた?」


 個室の窓辺で日光浴をしている猫みたいに気持ち良さそうに目を細めているおばあちゃんの腕は枯れ木のように細く、青い血管が浮いて見える。三年の月日は、おばあちゃんを老いさせるのにはじゅうぶんな時間だった。

 わたしとおばあちゃんに、残された時間は少ない。今のところ、身体が動かないこと、認知以外には目立った病気はないけれど、年齢が年齢だから、いつ他に大きな病気が起こってもおかしくないと、お医者さんから言われている。


「そりゃ、痩せるさ。ここの生活は、ちっとも身体を動かさないからねぇ。レクリエーションの時間とかあるけれど、お手玉や紙風船で遊んだりとかだよ。やっていられるかい、この歳でそんな、子どもみたいなこと」

「――不良老人」


 ぶすっとして言うと、おばあちゃんはケラッと笑った。

 認知が進んだおばあちゃんだけど、快活な性格は変わっていない。なにせ、元気だった頃は毎日背筋をぴんと伸ばして、自転車に乗って買い物に行っていた人だ。身体が動けなくなった辛さは、本人がいちばん味わってる。

 でも、そんな試練もたやすく乗り越えてしまうほど、この人は強い。


「そういえば、シンバくんにはもう会えたのかい?」
「まだだよ。あれ、十一月だったから……あとちょっとだと思うんだけど」
「きっかり三年、なんだよねぇ。私の時もそうだったし」
「ねぇ、おじいちゃんって、どんな人だったの?」


 小人だったおじいちゃん。小さなわたしを、抱き上げてくれたおじいちゃん。山に連れて行ってくれたおじいちゃん。

 それ以上のことを、わたしは知らない。

 あの後、二度目の引っ越しがあった時、仏壇に飾ってあったおじいちゃんの若い時の写真を見たけれど、たしかにシンバにどことなく似ていた。日本人とは思えない、外国人のような彫りの整った顔立ち。白黒写真だったから、瞳の色まではわからなかった。


「花音のおじいちゃんは、とても素敵な人だったよ」


 懐かしい顔になって、おばあちゃんが言う。


「私が花音の年頃だった頃は、なかなか思ったことを人に言えない性格でね……そんな臆病者だった私を、おじいちゃんが変えてくれたのさ」

「おばあちゃんがわたしみたいだったなんて、信じられない」

「人は、変わるものだよ」


 にんまり、おばあちゃんが笑った。


「人は、いきなり大人になるものじゃないのさ。いろいろな出会いがあって、いろいろな出来事があって、時には大変なことやどうしようもないことがあって。そういうことを経験して、少しずつ大人になっていくーー

自分の意見だって、ちゃんと言えるようになっていく。花音も大学は、自分で決めたところに行けたんだろう?」

「うん、行けた」


 わたしは今、大学で福祉の勉強をしている。県内の大学の福祉科に進んで、福祉を学び、将来は福祉の仕事に就きたいと言うと、お母さんは反対した。

福祉の仕事なんてブラックな職場が多いし、お給料だって対してもらえないんだし、大変な思いをしてわざわざ選ぶ仕事じゃない、とーー。


 でもわたしは、そんなお母さんを説得した。わたしが福祉の道を選んだのは、おばあちゃんのことがあったからだ。お父さんもお母さんも仕事で大変だから、ゆくゆくはわたしが、福祉の資格をとっておばあちゃんの介護をしたい。

そう、熱を込めて話すと、お母さんは納得してくれたし、お父さんも応援してくれた。

 シンバのために誓ったとおり、わたしはシンバに相応しい、大人の女性になろうと思ったんだ。


「それは、すごいことなんだよ。自分で決めた道を、自分の足で歩くって」
「うん」
「それに、花音にはシンバくんがいるからね。シンバくんと二人、二人三脚だもの。一人じゃないし、心強いだろう?」
「やめてよ」


 恥ずかしくなってそう言うと、おばあちゃんは入れ歯を見せて微笑んだ。