15センチの恋人

わたしは、小人の男の子と結婚します。

 小人の生活を捨てて、小人から人間になることを選んだ男の子とーー。

 そんなこともちろん誰にも言えるわけじゃないし、しいて言えばおばあちゃんだろうけれど、入院生活で大変なおばあちゃんに余計な心配をかけたくなくて、ある日の昼休み、茉奈にだいぶぼかして話をしてみることにした。


「ねぇ、茉奈」
「うん?」


 茉奈は自分のお弁当を食べてしまって、今は食後のコーヒー牛乳をちゅうちゅう飲んでいる。購買で売っているコーヒー牛乳は、ほとんどコーヒーの味がしなくて、びっくりするほど甘い。


「結婚って……どう思う?」
「は!?」


 茉奈が悲鳴に近い声を上げた。幸い、ここは中庭。ちょっとぐらい騒いでいても、周りがうるさいから誰も気には留めない。


「な、何それ。まさか、あの敦彦くんとかいう男の子にプロポーズでもされたの!?」
「い、いや、そうじゃなくて……」
「花音、言ってたよね? 敦彦くんとは結局付き合わないことにしたって」


 わわわ、軽いガールズトークのつもりが、話がめちゃくちゃややこしくなっちゃったよー。

 慌てて、脳細胞を総動員してウソの話をでっちあげる。


「その、小学校の頃の同級生で、そういうことで悩んでいる子がいて……相手はもうずっと長い付き合いだから、高校卒業したら籍入れようかとか、そんな話にもなってるんだって。でもまだ若すぎるからって、親は反対してるとか……」

「あぁ、そういうことか」


 納得したように茉奈は頷いた。

 ツインテールがトレードマークだった茉奈の髪は、高校生のうちは勉強に専念することに決めたらしく、気持ち良いほど短くなって、キューティクルがきらんと光る黒髪のボブになっている。


「まぁ、そりゃ、このトシで結婚なんつったら、親は反対するだろうねぇ」
「だよねぇ……」


 お父さんとお母さんの顔を思い浮かべる。こっそり小人の男の子と結婚の誓いをするなんて打ち明けたら、二人とも反対する――どころか、パニックを起こしそうだ。そもそもシンバのことは、他の人に話しちゃいけない決まりなんだし。


「若い結婚って、いろいろリスクは多いっていうよね。お互い人間性ができていないから、子どもができても上手くいかないとか」

「うん……」


 まぁ、わたしとシンバ、三年会えないんだから、今すぐ妊娠! なんてことには物理的にありえないんだけど。


「まぁ、でも、あたしはあんまり関係ないんじゃないかと思うけどね。人間性ってところでいったら、トシとってから結婚しても、子どもを虐待したりとか、ひどい親だっているじゃん? 花音の友だちがどういう状況なのかわからないけれど、高校卒業した後ちゃんと定職に就くなら、愛を貫くのもアリだと思うけどなぁ」

「そう、だよね……」

「それに、今の世の中って晩婚でも大丈夫だとか、トシとってから妊娠しても大丈夫ですとか言ってるけど、実際そうじゃないし」

「どういうこと?」


 茉奈は目にかかる長さの前髪を鬱陶しそうにかきあげなから言う。


「二十代の、若くて体力がある時期に結婚して子ども産んどいたほうが、何かとおトクってことだよ。晩婚って、大変だよ? 子どもにお金かかる時期と、親の介護しなきゃいけない時期が重なったりするし」

「あぁ……それはうちのお父さんとお母さんの問題かも……当時の価値観からすれば、うちの親ってだいぶ晩婚なほうだし」

「それに、どれだけ医学が追い付いても、高齢出産って大変だもん。女性はそもそも、出産のリミットもあるし。子育ては体力勝負だから、二十代の、身体が元気なうちに産んどいたほうがおトクだとあたしは思うなぁ。あ、これ、医学部志望の意見ね」


 こくこく、頷きながらわたしは頷く。

 シンバと結婚すること、人間になったシンバと一緒に、仕事をしながら子どもを育てること――。

 どれもまだちょっと非現実的な気がして上手くイメージできないけれど、でも、そうなったらどんなに素敵だろうか。

 お互いのことが大切だから、ずっと一緒にいたい。

 ただそれだけの理由で結婚するなんて言ったら、大人は今の社会をナメ過ぎだって怒るのかもしれない。

 でもわたしは、シンバのために強くなりたいって思った。

 シンバとずっと一緒にいるために、大人になりたいって思った。

 決めた。シンバと結婚して、わたしは大人になる。