15センチの恋人

バスから下りて家に帰ると、お母さんたちはまだ帰ってきていなかった。ひとりの家は、広い。やけにがらんとしてて、静かで、冷蔵庫のモーターの音だけがぶぅんぶぅんとうるさい。シンバたちの気配すら消してしまう、広くて大きな家の中、どうしようもない孤独感を抱えながら、二階に上がる。


「シンバ、いるんでしょう? 下りてきて」


 部屋に入るなり、天袋を見上げて呼びかける。まもなく、天袋からことん、と小さな音がする。

 わたしは椅子に座って俯き、シンバはわたしの目の前にすっくと立った。


「シンバ……あのね。大事な話があるの」

「どういう話だ?」

「わたしたちがこれからもずっと一緒にいられる方法が、離れ離れにならなくてもいけない方法が、ひとつだけあるんだって」


 そこでわたしは、病院でおばあちゃんから聞いたことを話した。ありのまま、全部。満月の夜のこと。聖杯のこと。キスのこと。シンバと三年間、会えなくなってしまうことも。

 すべてを話し終わった後、シンバはわたしをまっすぐ見据えて言った。


「それは、間違いじゃねぇ」

「どういうこと?」

「母さんから聞いた。同じ魔法が、小人の世界の間でも伝えられてるって……」

「じゃあ……」

「花音のおばあちゃんが言ってることは、本当なんだ」


 目をしばたたかせているわたしに、シンバは続ける。


「ただな、花音、ひとつだけおばあちゃんの言うことには、間違いがある」

「間違い?」

「あの魔法は、正確には小人を人間にする魔法じゃない。小人と結婚する魔法なんだ」


部屋から、音が消えた。半分開けた窓から冷たい風が入り込んできて、カーテンをふわふわ持ち上げる。


「えっと……ごめん、つまり、それって……」


 わけがわからなくなってしまっているわたしに、シンバはしっかりとはりのある声で言う。


「つまり、俺の言いたいことはこうだ。花音と俺が一緒にいるためには、あの魔法で、俺と花音とで、結婚の誓いをすることが必要なんだ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよシンバ!!」


 思考が、ついていかない。だって、だって、だって結婚だよ!? シンバと結婚だよ!?

 わたし、たしかにシンバのこと好きだけど。

 まだただの友だちだし、手のひとつすら握ったこともないのに!!


「それってつまり、わたし、シンバと結婚するの!?」

「あぁ、そうだ。俺と花音がずっと一緒にいるためには、結婚しなきゃいけないってことだ」「な、何よそれ......わ、わたし、まだ十六だよ!? 高校一年生だよ!? 結婚なんてそんな、ものすご~く遠い先のことだと思ってたのに!!」

「人間って、そういうとこほんとややこしいよな。うちの父さんと母さんなんて、小人のパーティーで出会って一目ぼれで、そのまま結婚したぜ」

「人間と小人は違うの!!」

「わかってるって」


 くしゃくしゃ、思わず頭を抱えてしまう。

 わたしは、シンバのことが好き。シンバとずっと一緒にいたいと思っている。シンバが人間の男の子になったら、そりゃあ素敵だな、って思う。

 でも……シンバと、結婚??