15センチの恋人

「別に……そんなのないよ」


 花瓶に活けられた花を直すふりをしながら言う。目元をそっと拭いながら。


「ほんとかい?」
「ほんとだよ」

「なんだい、今になっておばあちゃんに隠し事するのかい。小学生の時は、好きな男の子のことだって話してくれたじゃないか。お父さんとお母さんには内緒にしてね、って」

「好きな人……なら、いる、けど」


 シンバのことは、言えない。

 でも自分が恋をしていることは、それがとても苦しい恋だってことは、いや、苦しい恋だからこそ、おばあちゃんには知ってほしかった。

 おばあちゃんだから、おばあちゃんだからこそ。


「同じ学校の子かい?」
「ううん……」
「両想いなのかい?」

「違うよ。たぶん、向こうはわたしのこと、友だちとしか思ってないから……」


 シンバが何度も言う、「友だち」「大事な子」だからという言葉。
 それにどれだけ傷つけられたか、シンバは知らない。
 だからこれは、絶対に叶うことのない想い。

 きっと、このまま引っ越して、シンバたちと別れ別れになってしまえば、シンバに会うこともなくなるだろう――。


「花音」


 おばあちゃんの声が、急に固くなった。


「その男の子は、人間かい?」


 真顔でおばあちゃんを見ると、おばあちゃんはしわくちゃの顔でわたしをまっすぐ見つめていた。


「もしかして、うちに住んでる、小さい人なんじゃないかい?」
「おばあちゃーー」


 びっくりし過ぎて、手に持っていた花瓶を落としてしまった。幸い割れなかったけど、水と花が病院の床に散らばる。音が床に響いていないかとしばらく耳を澄ましたけれど、看護師さんはやってこなかった。


「なんで……なんでそのこと知ってたの」


 震える声で言うと、おばあちゃんはにやっ、と笑った。


「知るも何も、花音のおじいちゃん、つまり亡くなった私の夫が小人だったからねぇ」

「はぁ!?」

 驚き過ぎて今度は声帯が喉から引っくり返った。そんなわたしを見て、おばあちゃんはパジャマ姿でけらけら笑っている。


「まだ日本が戦争に負けて貧しかった頃、私はあの家で、花音が部屋にしていたあの屋根裏に潜んでいたおじいちゃんたちと仲が良かったんだよ。食べ物のない時代だったから、こっそり配給品とかをおじいちゃんにあげたりしてね。

おじいちゃんは、とても喜んでくれたねぇ。そして、一緒に山狩りに行ったのさ。おじいちゃんは鳩に乗って、私はモンペ姿で歩いて――」


 シンバと一緒に行った、あの夕暮れの山の光景が浮かぶ。

 紅葉し始めてところどころ美しく染まった木々の葉の向こうに、夕陽が沈んでいく美しさ。かぁかぁ、巣に帰るヤマガラスの鳴き声。

 あの光景を、おじいちゃんとおばあちゃんも見たんだろうかーー。


「それで、いつのまにか二人、好き同士になってしまってね。だから私は頼んだのさ。おじいちゃんに、小人じゃなくて、人間になってほしいって」

「そんなこと……できるの?」

「ひとつだけ、あるのさ」


 おばあちゃんの口の横の皺が深くなって、大切なことを伝える時の口調になる。

 小学校の低学年の時、ピアノの発表会で緊張しちゃうよ、どうしようと相談した時、手に人を書いてのむだけの昔ながらのおまじないを教えてくれた時と同じしゃべりかただ。