15センチの恋人

  第十二章 満月の魔法


 文化祭の季節、学校はお祭りの直前の賑わいに満ちている。

 中学生までは先生の指示通り、ただ動かされていただけの文化祭が、高校生になるとみんなが意見を出し合ってクラスや部活ごとに出し物をやる、自主的な発表の場になった。少しだけ大人になったのだと認めてもらえた気がして、ちょっと嬉しい。

 でもわたしはその文化祭の準備を途中で抜けて、おばあちゃんが入院している病院へと向かう。クラスメイトたちも、家庭の事情だと正直に言うとメイドカフェの制服なんて作ってないでさっさと向かいなよ、と送り出してくれた。


「おばあちゃん、来たよ」


 声をかけるとおばあちゃんはこっちを向いて、にっこり笑う。何度もここに通うようになって、少しずつおばあちゃんの状態がわかるようになってきた。

 おばあちゃんの認知は、まだそんなにひどい認知じゃない。わたしのことがわかる時と、わからない時がある。

どうやらおばあちゃんはわたしのことをまだ小学生ぐらいの女の子だと認識しているようで、制服を着た高校生の女の子が現れると、反射的に「きれいなお嬢さんねぇ」なんて言ってしまうようなのだ。お医者さんと看護師さんから、そう聞かされた。


「花音、元気そうじゃないか」


 だから、おばあちゃんの口からわたしの名前が出ると安心する。おばあちゃんの中で、わたしはまだいなくなっていないんだって。


「元気だよ。身体はね。あのね、もうすぐ学校で、文化祭やるんだよ。おばあちゃんを連れていけなのは残念だけど、必ずお土産、持って帰るね」

「そんな、年寄りの心配なんてしている暇なんてあるのかい」

「心配するに決まってるよ。だっておばあちゃんは、大事な家族なんだもん」


 こうして会って話をしてみると、やっぱり施設なんて遠いところに行ってほしくないと思う。

 お父さんとお母さんと、あれからいろいろ話した。介護の大変さ、壮絶さについて。

 仕事をしながらじゃ、とてもやっていけない。身内の介護だから身内でやれば親孝行になると思っても、必ず精神的に追い詰められる。

 介護するほうもされるほうも苦しくなるくらいなら、人に任せてしまうのがいちばんいい、のだと。

 理屈ではわかるけど、どうしても割り切れないわたしがいた。


「それだけかねぇ」
「どういうこと?」


 おばあちゃんののんびりした声は、何かを見透かしていた。


「花音は何かに悩んでいるから、毎日のようにお見舞いにくるんじゃないかと思ってたんだけどねぇ」


 とくん、胸が跳ねる。涙腺がぎゅっと熱くなる。

 おばあちゃんがこんなことになってしまって、おばあちゃんがいつだってわたしのことを気にかけてくれる、とても大きな存在で、なんでも見透かしてしまう年寄りの勘みたいなものを持っている。

 そんな人だってことを、忘れてた。
 おばあちゃんは、おばあちゃんなんだ。

 認知が始まっても、いつまでもわたしの近くにいようとしてくれている。