15センチの恋人

ふらつく足取りで二階に戻ると、シンバは机の端っこにだらりと腰掛け、脚をぶらぶらさせていた。作業着みたいな服から伸びる細っこい脚が、器用に机の端をこつこつと蹴っ飛ばしている。


「あのね、シンバ、大事な話があるんだけど……」

「知ってる」


 え、と口を開く前に、シンバが神妙な面持ちで言った。


「父さんと母さんが、毎晩何度もリビングで花音の父さんと母さんの話を聞いてたからな。俺だって、だいたいの事情は察してるぞ」

「……そ、か」


 知っててなお、いつもどおりにしているシンバと、動揺を隠せないわたし。

今、わかった。この十五センチのちっちゃな男の子は、わたしよりずっと大人で、経験値もあって、いろんなことをその小さな脳みその中でいっぱい考えているんだ。


「でさ、結論から言うと」


 シンバがすくっと立ち上がって、言った。


「俺ら、この家、出てくわ」

「……え?」


 間抜けな声が漏れた。

 小人は、人間に見つからないように暮らしている。人間に見つかったら、その家では暮らせない――その掟は、シンバから聞いて知っていた。

 でもシンバは、簡単にわたしを放り出せちゃうの?

 わたしたちの関係って、その程度だったの?


「出てって……どうするのよ!? その後のこと、ちゃんと考えてるの!?」


「どっか、別の家。人がいなくなった家では、小人は暮らせないからな。花音のおばあちゃんが入院している間も、大変だったんだぞ。幸い、あの時は季節が良かったからな。庭や山の獲物を父さんと狩りとって、なんとか暮らせた。

でも、これからどんどん季節が冬になってくだろ? 外で獲物がとれなくなったら、小人は人の家を借りるしかない」

「そんな......嫌だよ! シンバと離れるなんて!!」

「俺だって嫌だよ!!」


 シンバの声が弾ける。わたしは、泣いていた。

 シンバと離れたくなかった。
 シンバとずっと一緒にいたかった。

 小人のシンバ以上にずっと小さいわたしが唯一抱いた、唯一の夢。
 シンバとずっと一緒にいること。
 それが叶わないなんて、嫌だ。

 シンバはわたしと目を合わさないで続ける。


「仕方ねぇんだ。もともと人間に姿を見られ、存在を知られた以上、小人の掟は破ってる。俺はもう、花音の傍にいることはできねぇんだよ......」

「そんなに、掟が大事?」


 シンバが目を丸くしてわたしを見る。ターコイズブルーの瞳が、心持ち濡れているような気がする。


「掟を破ってでも、わたしと一緒にいたいって、シンバは思わないわけ?」

「花音……」

「わたしは、全世界を敵に回してでも、シンバと一緒にいたいよ」


今、気付いた。
わたしは、この小人の男の子が、小人だけど、たまらなく好きなんだ。

変だよ、こんなの。人間じゃないのに。小人なのに。
敦彦くんにときめいた時よりも、気持ちの輪郭がくっきりしている。

どうしよう?
シンバを無理やり引き留める?
引っ越しの計画を中止させる?

どれも現実的じゃなくて、わからない――。