「嫌?」

「い、嫌とか、別にそんなんじゃ……」


 ただ、ちょっとびっくりしただけだ。敦彦くんがわたしのことを好きなのは知ってるけれど、二人の関係はあくまで「お友だち」。その先の一歩がすごく大きな一歩のように思えて、戸惑ってしまう。


「好きな子の写真を持っていたいって男心、わかんないかな」


 眉を下げてそんなふうに言われると、揺れ動いてしまう。簡単に人の言葉に左右されてしまう、脆い心。


「ただ、今日の記念にプリクラ撮りたいと思っただけなんだけど」

「そういうことなら、いいよ」

「ほんと?」


 こくり、曖昧に頷いた。ほんとは、あんなカーテンで仕切られただけの狭い密室空間に男の子と二人きりなんて、抵抗がある。

シンバの言うとおり、敦彦くんがいきなり狼に豹変しちゃったらどうしよう。いや、わたしにそれほどの魅力はない、か……。


「どの機械がいいかなー」


 敦彦くんがプリクラ機を吟味している。プリクラスペースは男性一人だけの入店は禁止だから、いるのはカップルか女の子のグループだけ。どの機械も使われていて、結局わたしたちはいちばん奥の機械に入った。


「これ、美肌モードだって。きれいに撮れるよ。花音ちゃん、そんなことしなくてもお肌ツルツルだけど」

「そんなことないよ。すぐニキビできるんだから」


 敦彦くんはそんな話をしながらシュッシュッと手早く機械を操作していく。

どうやらこのプリクラ機には「友だちモード」と「恋人モード」と「ファミリーモード」があるらしい。敦彦くんは迷いのない手つきで「恋人モード」を選ぶので、胸がざわつく。


『いっくよー! まずは手を繋いで、にっこりピース!』


 機械が言って、敦彦くんが手を繋いで右手をチョキの形にする。敦彦くんと手を繋ぐの、初めてじゃないのに、動揺しちゃうよー! 距離が近過ぎるよ!!


『次は二人の、あつーいハグ!』


 ええ、は、ハグ!? 敦彦くんと!? そんなの恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!


 混乱しているわたしに、敦彦くんはすっとスマートに両手を回してくる。制服から、ほんのり柔軟剤の香りがした。


 プリクラ機の画面に、引きつった笑みを浮かべているわたしと顔をくしゃくしゃにして笑っている敦彦くんが写っている。


『最後は笑顔で、二人のチュー!』


 え? い、今、チューって言った?

 チューって、キスのことだよね??

 いきなりのことに、思考が渋滞を起こしている。

 固まっているわたしの肩を、敦彦くんが掴んだ。そのまま二人の顔が近付いていく。


「駄目っ」


 叫ぶように言って、わたしは敦彦くんから飛びのいた。その瞬間、シャッター音が鳴った。

 画面には、変な顔をしてのけぞっているわたしとびっくりしている敦彦くんの顔。何を言っていいのかわからないけれど、とりあえず謝った。


「ごめん」

「いや……僕のほうこそ」


 悲しい声が返ってきた。

 その後のデートは、お通夜みたいになった。敦彦くんは適当な落書きをして、二人でワンシートずつ出てきたプリクラを取り、駅前で解散。


「敦彦くん、ごめん」

 なんとなく猫背気味になってしまった敦彦くんの背中に向かって言う。


「わたし、敦彦くんの気持ちには応えられない。友だちならいいけれど、キスとかそういうことは……その、ちょっと、無理っていうか」


 敦彦くんの顔が近付いてきた時、違うって思った。反射的に、身体が嫌がってた。

 シンバがほっぺたにキスしてきた時はそんなこと思わなかったのに、さっきは思った。

 はっきり、嫌、だって。


「いいよ、謝らなくて」

 敦彦くんが振り返る。悲しそうに笑ってた。


「はっきり言ってくれて、嬉しい。ごめんね。距離の縮め方、間違ってた」

「……」


 ちゃんと告白されていたとしても、付き合ってほしいと言われたとしても、わたしはすぐにイエスとは言えなかっただろう。とりあえず、茉奈に相談してしまっていただろう。わたしは自分のことを自分で決められない、駄目な子だ。


「もう、バスの中で花音ちゃんの隣に座ったりしない。声もかけない」

「敦彦くん……」

「僕のラインアカウント、ブロックしちゃっていいよ」


 敦彦くんの背中が、遠くなる。

 わたしはしばらくそのまま、その場に佇んでいた。

 秋の冷たい風が首を冷やす。