映画の間は隣には敦彦くん、カバンにはシンバで、まったく集中できなかった。学校に行った時みたいにシンバがこっそりカバンから出て来たりしないか……なんて気が気でしょうがない。対して敦彦くんはというと、真面目な顔で映画を堪能していた。
女の子向けの映画なのに男の子が観て面白いのかなぁ、無理にわたしの趣味に付き合わせちゃったのかなぁ、なんて、ストーリーそっちのけでそんなことを考えてしまう。
「映画、面白かったね」
並んで映画館を出た時、敦彦くんが言った。周りには同い年ぐらいの女の子たちがぞろぞろしている。
「どうなることかと思ってたけど、最後はハッピーエンドで安心したよ。主人公が成長していく姿も良かったし」
「そう……だね」
ぎこちなく笑ってみせる。わたしってまるで、あのヒロインみたい。思っていることを素直に口にできなくて、いつも周りに合わせてばっかりで、自分に自信がなくて。
交換日記を通してあの子は成長できたけれど、現実にはそんなドラマチックじゃない。変わるきっかけは、自分で作るしかない。
「お腹すいてる?」
「うん、割と」
「花音ちゃん、何食べたい?」
こういう時ってなんて答えるのが正解なんだろう? 気分的にはパスタが食べたいけれど、敦彦くんがパスタの気分じゃないかもしれないし……。
「なんでもいい……かな」
蚊の鳴くような声で言うと敦彦くんはにっこりした。
「じゃあ、ファミレスにしようか。ここのショッピングモールの一階に入ってるよ。割と安いとこだし、なんでもある」
「うん、それでいいよ」
素直にパスタって言わなくて良かった、とちょっとホッとした。
ファミレスで私はたらこスパゲテイ、敦彦くんはハンバーグを頼んだ。食べた後は、デザートはおごるからと言われたのでティラミスを食べた。敦彦くんはアイスクリーム。
「花音ちゃんは、初恋っていつ?」
食べながらふいに、敦彦くんが訊いた。
「幼稚園の頃かな……いつも一緒に遊んでる男の子のことが好きだった。大人になったら結婚しようね、って砂場で指切りしたこともある」
「わぁ、可愛いなぁ。その子とは今でも仲良いの?」
「ううん。その子、私立の小学校に行っちゃって。卒園したら会わなくなって、それっきり」
「そっかぁ」
「敦彦くんは?」
「うーん。幼稚園とか小学校の頃はそういうことよくわからなかったし、中学校からは男子校だから出会いもないし。しいていえば今、じゃない?」
なんて、笑顔で言われてしまって頬が熱くなる。カバンがごそり、と動いた。シンバってば、中で地団太でも踏んでるんだろうか……。
「花音ちゃんは共学だから、周りは彼氏いる子も多いでしょ?」
「まぁね。高校デビューっていうのかな、結構進んでる子は進んでるし……でも、いちばん仲いい子は彼氏、いないよ。好きな人もいないって」
「でも、花音ちゃんもその子も恋愛してみたいって気持ちはあるでしょ?」
「なくは……ないと思う」
うーん、これって口説かれてるのかなぁ? どうなのかなぁ? わたしの胸のざわめきに合わせて、バッグががさがさ動く。ちょっとシンバ、おとなしくしててよ!
「花音ちゃんは、付き合うならどういう人がいい?」
「ええ……優しい人、かな」
「まぁ、それは最低条件だよね。僕も付き合うなら優しい女の子がいい」
そう言われて、わたしって優しいのかな、と思う。思ってることを素直に言えない、人に嫌われないように生きてるだけ。相手のことを心から思いやって行動できる人間じゃない。
「敦彦くんは、優しいよね」
「そう?」
「うん。今日、わたしのこといろいろ気遣ってくれてるのわかったし。それに……前、見たことあるんだ。バスの中でおばあちゃんに席譲ってるところ」
きらっ、と敦彦くんの目が輝いた。
「嬉しい。見ててくれたんだ、それ」
「うん。だからわたし、敦彦くんのこと、悪い人じゃないと思って……電話、したの」
「良かった。勇気出して、席譲って。いい事をすると自分に返ってくるって本当なんだね」
敦彦くんがアイスで白くなった唇で笑った。その笑顔が眩し過ぎて、思わず頬が熱くなる。
敦彦くんは間違いなく、優しい人だ。わたしよりずっと、優しい。困った人にスッと迷わず手を差し伸べられる、気遣いができる、周りのことをちゃんと見ている、人の嫌がることを言わない。そういう、当たり前のことがしっかりできる人。
敦彦くんと付き合ったら、わたし、幸せになれるのかな……?
敦彦くんは約束通り、ティラミス分の代金をおごってくれた。その後は二人で、ショッピングモールを見て回った。アクセサリーショップで新しいヘアクリップを買おうかと思っていると、敦彦くんが今日遊んでくれたお礼だから、と買ってくれた。別に高いものじゃないけれど、男の子から物を貰うなんて初めてで特別なプレゼントを貰った感じがした。七百五十円のヘアクリップをプレゼント用に包んでもらった時、胸が甘い鼓動を立てる。
「ちょっと疲れた?」
アクセサリーショップを出た後、敦彦くんが言った。たしかに雑貨屋さんにも洋服屋さんにも本屋さんにも行ったし、このショッピングモールは広いので結構歩いたけれど正直そこまで疲れてはいない。でも疲れた? って訊いてくるってことは、どこかでお茶でもしようかってことなのかな。
「少し……休みたいかも」
「じゃあ、カフェでお茶でもしようか?」
「うん」
並んで歩く二人の距離は、ご飯を食べる前よりも近くなってる。敦彦くんがいる右側にも、だいぶ慣れて来た。緊張がほどけて、親しみという空気が二人の間を満たしている。
ふいに、右手に何か固いものが触れた。何かと思ったら、手を握られていた。男の子と手を繋いで歩くなんて、幼稚園以来だ。嫌が応でもときめいてしまう。敦彦くんの手、大きいんだなぁ。身体は華奢なほうなのに、手はしっかり、男の子っぽくごつごつしてる……。
「痛っ」
敦彦くんが小さく叫んで手を離した。わたしも思わず右手を見やる。
え? わたし、振り払ってないよね!?
「今、何かがバチンって当たったんだけど……」
驚いた顔をしている敦彦くん。まさか! と思って左手に持ってるバッグを見ると、開いた入り口でシンバがあっかんべーをしていた。
シンバの馬鹿! 繋いだ手を思いっきり叩くことないじゃない! よりにもよって今この時に!!
「さ、さぁ……蚊にでも刺されたんじゃない?」
「蚊? 今秋だよ?」
「秋にも蚊って、結構いるよ! うちなんて山の中にあるから、リビングの窓開けておくと庭から蚊がいっぱい入ってきちゃって……」
わぁ、苦しい言い訳。何言ってるんだろう、わたし。でもまさか、小人にひっぱたかれたなんて、本当のことを話すわけにもいかない。
「いるんだね……こんなところにも、蚊」
敦彦くんが左手を不思議そうに眺めている。わたしは内心、冷や汗だ。
「カフェで何頼もうかなー。今日、結構あったかいし、冷たいの飲みたいよねー」
わかりやすく話を逸らすわたし。うーん、これって不自然?
「そうだね。僕もアイスコーヒーにするつもり」
「あ、じゃあわたしはアイスカフェラテ」
優しい敦彦くんが、どうにか話を合わせてくれる。ホッとして、ちらっと左手のバッグを見る。
シンバは奥のほうに身を潜めたらしく、姿は見えなかった。
女の子向けの映画なのに男の子が観て面白いのかなぁ、無理にわたしの趣味に付き合わせちゃったのかなぁ、なんて、ストーリーそっちのけでそんなことを考えてしまう。
「映画、面白かったね」
並んで映画館を出た時、敦彦くんが言った。周りには同い年ぐらいの女の子たちがぞろぞろしている。
「どうなることかと思ってたけど、最後はハッピーエンドで安心したよ。主人公が成長していく姿も良かったし」
「そう……だね」
ぎこちなく笑ってみせる。わたしってまるで、あのヒロインみたい。思っていることを素直に口にできなくて、いつも周りに合わせてばっかりで、自分に自信がなくて。
交換日記を通してあの子は成長できたけれど、現実にはそんなドラマチックじゃない。変わるきっかけは、自分で作るしかない。
「お腹すいてる?」
「うん、割と」
「花音ちゃん、何食べたい?」
こういう時ってなんて答えるのが正解なんだろう? 気分的にはパスタが食べたいけれど、敦彦くんがパスタの気分じゃないかもしれないし……。
「なんでもいい……かな」
蚊の鳴くような声で言うと敦彦くんはにっこりした。
「じゃあ、ファミレスにしようか。ここのショッピングモールの一階に入ってるよ。割と安いとこだし、なんでもある」
「うん、それでいいよ」
素直にパスタって言わなくて良かった、とちょっとホッとした。
ファミレスで私はたらこスパゲテイ、敦彦くんはハンバーグを頼んだ。食べた後は、デザートはおごるからと言われたのでティラミスを食べた。敦彦くんはアイスクリーム。
「花音ちゃんは、初恋っていつ?」
食べながらふいに、敦彦くんが訊いた。
「幼稚園の頃かな……いつも一緒に遊んでる男の子のことが好きだった。大人になったら結婚しようね、って砂場で指切りしたこともある」
「わぁ、可愛いなぁ。その子とは今でも仲良いの?」
「ううん。その子、私立の小学校に行っちゃって。卒園したら会わなくなって、それっきり」
「そっかぁ」
「敦彦くんは?」
「うーん。幼稚園とか小学校の頃はそういうことよくわからなかったし、中学校からは男子校だから出会いもないし。しいていえば今、じゃない?」
なんて、笑顔で言われてしまって頬が熱くなる。カバンがごそり、と動いた。シンバってば、中で地団太でも踏んでるんだろうか……。
「花音ちゃんは共学だから、周りは彼氏いる子も多いでしょ?」
「まぁね。高校デビューっていうのかな、結構進んでる子は進んでるし……でも、いちばん仲いい子は彼氏、いないよ。好きな人もいないって」
「でも、花音ちゃんもその子も恋愛してみたいって気持ちはあるでしょ?」
「なくは……ないと思う」
うーん、これって口説かれてるのかなぁ? どうなのかなぁ? わたしの胸のざわめきに合わせて、バッグががさがさ動く。ちょっとシンバ、おとなしくしててよ!
「花音ちゃんは、付き合うならどういう人がいい?」
「ええ……優しい人、かな」
「まぁ、それは最低条件だよね。僕も付き合うなら優しい女の子がいい」
そう言われて、わたしって優しいのかな、と思う。思ってることを素直に言えない、人に嫌われないように生きてるだけ。相手のことを心から思いやって行動できる人間じゃない。
「敦彦くんは、優しいよね」
「そう?」
「うん。今日、わたしのこといろいろ気遣ってくれてるのわかったし。それに……前、見たことあるんだ。バスの中でおばあちゃんに席譲ってるところ」
きらっ、と敦彦くんの目が輝いた。
「嬉しい。見ててくれたんだ、それ」
「うん。だからわたし、敦彦くんのこと、悪い人じゃないと思って……電話、したの」
「良かった。勇気出して、席譲って。いい事をすると自分に返ってくるって本当なんだね」
敦彦くんがアイスで白くなった唇で笑った。その笑顔が眩し過ぎて、思わず頬が熱くなる。
敦彦くんは間違いなく、優しい人だ。わたしよりずっと、優しい。困った人にスッと迷わず手を差し伸べられる、気遣いができる、周りのことをちゃんと見ている、人の嫌がることを言わない。そういう、当たり前のことがしっかりできる人。
敦彦くんと付き合ったら、わたし、幸せになれるのかな……?
敦彦くんは約束通り、ティラミス分の代金をおごってくれた。その後は二人で、ショッピングモールを見て回った。アクセサリーショップで新しいヘアクリップを買おうかと思っていると、敦彦くんが今日遊んでくれたお礼だから、と買ってくれた。別に高いものじゃないけれど、男の子から物を貰うなんて初めてで特別なプレゼントを貰った感じがした。七百五十円のヘアクリップをプレゼント用に包んでもらった時、胸が甘い鼓動を立てる。
「ちょっと疲れた?」
アクセサリーショップを出た後、敦彦くんが言った。たしかに雑貨屋さんにも洋服屋さんにも本屋さんにも行ったし、このショッピングモールは広いので結構歩いたけれど正直そこまで疲れてはいない。でも疲れた? って訊いてくるってことは、どこかでお茶でもしようかってことなのかな。
「少し……休みたいかも」
「じゃあ、カフェでお茶でもしようか?」
「うん」
並んで歩く二人の距離は、ご飯を食べる前よりも近くなってる。敦彦くんがいる右側にも、だいぶ慣れて来た。緊張がほどけて、親しみという空気が二人の間を満たしている。
ふいに、右手に何か固いものが触れた。何かと思ったら、手を握られていた。男の子と手を繋いで歩くなんて、幼稚園以来だ。嫌が応でもときめいてしまう。敦彦くんの手、大きいんだなぁ。身体は華奢なほうなのに、手はしっかり、男の子っぽくごつごつしてる……。
「痛っ」
敦彦くんが小さく叫んで手を離した。わたしも思わず右手を見やる。
え? わたし、振り払ってないよね!?
「今、何かがバチンって当たったんだけど……」
驚いた顔をしている敦彦くん。まさか! と思って左手に持ってるバッグを見ると、開いた入り口でシンバがあっかんべーをしていた。
シンバの馬鹿! 繋いだ手を思いっきり叩くことないじゃない! よりにもよって今この時に!!
「さ、さぁ……蚊にでも刺されたんじゃない?」
「蚊? 今秋だよ?」
「秋にも蚊って、結構いるよ! うちなんて山の中にあるから、リビングの窓開けておくと庭から蚊がいっぱい入ってきちゃって……」
わぁ、苦しい言い訳。何言ってるんだろう、わたし。でもまさか、小人にひっぱたかれたなんて、本当のことを話すわけにもいかない。
「いるんだね……こんなところにも、蚊」
敦彦くんが左手を不思議そうに眺めている。わたしは内心、冷や汗だ。
「カフェで何頼もうかなー。今日、結構あったかいし、冷たいの飲みたいよねー」
わかりやすく話を逸らすわたし。うーん、これって不自然?
「そうだね。僕もアイスコーヒーにするつもり」
「あ、じゃあわたしはアイスカフェラテ」
優しい敦彦くんが、どうにか話を合わせてくれる。ホッとして、ちらっと左手のバッグを見る。
シンバは奥のほうに身を潜めたらしく、姿は見えなかった。



