バスに揺られている間、ずっと上の空だった。
小学校も中学校も片想いの恋しかしたことのないわたしにとって、男の子からラブレターをもらうなんて初めての経験だ。嫌でも心が昂って、学校につくまでずっと、あの男の子の黒い後頭部をじっと見ていた。
バス停から降りても、なんだか足元がふらふらする。雲の上を歩いてるみたいで、現実感がない。だってこのわたしが、ラブレターだなんて。生まれてこの方一度も、モテ期なんて経験したことないのに。
「おはよう、花音」
十月に入った後席替えがあって、茉奈とわたしは隣の席になった。当たり前に声をかけてくる茉奈は、よほどわたしが変な顔をしていたんだろう、大きな目をますます大きくする。
「どうしたの、熱でもあるの? なんか、顔赤い」
「それが……」
茉奈におずおずと、カバンの中の封筒を差し出す。紅葉のプリントを見て、茉奈が怪訝な表情になる。
「どうしたの、これ」
「もらった」
「もらった? 誰から?」
「バスの中で、星が丘学園の男の子に……あなたをずっと見てた、あなたに読んで欲しい、って」
茉奈が悲鳴を上げる代わりに口を抑えた。
「それって、ラブレターじゃん! え、まだ開けてないの!?」
「なんか……まだ読めないんだよね……なんでわたしなんかに……」
「卑屈になってる場合じゃないでしょ。とりあえず読んでみようよ」
茉奈がわたしに代わって、封筒のノリを剥がしてくれる。
ルーズリーフの罫線に沿って、きれいな文字が並んでいた。
『名前も知らないあなたに向かって、今この手紙を書いています。
僕があなたに気付いたのは、いつも乗るバスの中でした。
あなたが窓の外を見ている姿がとてもきれいで、僕の瞼の裏から離れてくれません。
僕はまだ、恋を知りません。
小学生の時も中学生の時も、あの子が好きだ、いやあの子がいい、と言っている周りの友だちのおしゃべりに、なぜか入っていけなかった。
可愛いな、と思う子はいたけれど、好きになった子はいません。
でももしかしたら、僕はもうあなたを好きになってしまったのかもしれない。
見ているだけじゃなくて、もっとあなたの事が知りたい。
もし僕に興味を持ってくれたら、夜の十時以降に電話してください。
あなたと一度、話をしてみたいです。 野々村敦彦』
最後に電話番号が書いてあって、それがこの手紙をくれた野々村くんの番号だと知る。ぽかんとしているわたしの隣で、茉奈が興奮していた。
「キャー、何これ! もっとあなたの事が知りたい、だって! 花音、すごいじゃん! めちゃくちゃ思われてる!」
「でも……好きになってしまったのかもしれない、で、好き、だとは書いてないよ?」
「そういう控えめさがいいんじゃん。でも花音、この野々村敦彦って人のこと、ほんとに知らないの? 毎日、同じバスで見てたんでしょ?」
「星が丘の制服、やたら多いなとは思ってたけど……顔までは、全然。しゃべってるところも見たことないし……」
そこで、点と線が繋がるように、頭の中で記憶の蓋が開く。
映画のワンシーンを切り取ったようなひとコマ、あれはまだ、たしかバス通学を始めたばっかりの頃。
おばあちゃんに席を譲っていたのって、この人じゃなかった……?
「思い出した」
そう言うと、茉奈が目を広げた。
「思い出したって、何を?」
「この野々村敦彦くんだと思う。おばあちゃんに席譲ってたところ、一度、見たことある」
「おばあちゃんに席譲るんだー。優しい人だね。付き合ったら、優しくしてくれそう!」
茉奈はまるで自分がラブレターをもらったみたいに目を輝かせている。
対してわたしは、どこかぼんやり。別に可愛くもきれいでもないわたしが男の子からラブレターを貰うなんて、やっぱり現実味がない。
変な夢でも見ているんじゃないだろうか……?
「で、花音、どうするの? 電話、するの?」
「うーん。今までこんなことなかったから、どうすればいいんだろう……」
「毎日同じバスなんでしょう? 電話しなかったら、気まずくない?」
「まぁ……ね。気まずいったら、気まずい」
「じゃあ、電話してみればいいじゃん」
「全然知らない人だよ?」
「いい人そうだし、話してみれば、好きになるかもしれないでしょ」
半信半疑で茉奈の言葉を受け止める。
わたしの周りには、シンバ以外同じ年頃の男の子がいない。男友だちも恋人もできたことがないから、男の子と話すこと自体慣れてない。ましてやこんな手紙まで貰ってしまったんだ、なんて返事をしたらいいだろう。
「どちらにしろ、誠意には誠意で返さないとまずいんじゃない? 付き合うにしても、断るにしても、電話ぐらいはしたほうがいいんじゃないのー? まぁ、付き合いたいとはこの手紙、書いてないけどね」
茉奈がそう言ったところで、チャイムが一日の始まりを告げた。
小学校も中学校も片想いの恋しかしたことのないわたしにとって、男の子からラブレターをもらうなんて初めての経験だ。嫌でも心が昂って、学校につくまでずっと、あの男の子の黒い後頭部をじっと見ていた。
バス停から降りても、なんだか足元がふらふらする。雲の上を歩いてるみたいで、現実感がない。だってこのわたしが、ラブレターだなんて。生まれてこの方一度も、モテ期なんて経験したことないのに。
「おはよう、花音」
十月に入った後席替えがあって、茉奈とわたしは隣の席になった。当たり前に声をかけてくる茉奈は、よほどわたしが変な顔をしていたんだろう、大きな目をますます大きくする。
「どうしたの、熱でもあるの? なんか、顔赤い」
「それが……」
茉奈におずおずと、カバンの中の封筒を差し出す。紅葉のプリントを見て、茉奈が怪訝な表情になる。
「どうしたの、これ」
「もらった」
「もらった? 誰から?」
「バスの中で、星が丘学園の男の子に……あなたをずっと見てた、あなたに読んで欲しい、って」
茉奈が悲鳴を上げる代わりに口を抑えた。
「それって、ラブレターじゃん! え、まだ開けてないの!?」
「なんか……まだ読めないんだよね……なんでわたしなんかに……」
「卑屈になってる場合じゃないでしょ。とりあえず読んでみようよ」
茉奈がわたしに代わって、封筒のノリを剥がしてくれる。
ルーズリーフの罫線に沿って、きれいな文字が並んでいた。
『名前も知らないあなたに向かって、今この手紙を書いています。
僕があなたに気付いたのは、いつも乗るバスの中でした。
あなたが窓の外を見ている姿がとてもきれいで、僕の瞼の裏から離れてくれません。
僕はまだ、恋を知りません。
小学生の時も中学生の時も、あの子が好きだ、いやあの子がいい、と言っている周りの友だちのおしゃべりに、なぜか入っていけなかった。
可愛いな、と思う子はいたけれど、好きになった子はいません。
でももしかしたら、僕はもうあなたを好きになってしまったのかもしれない。
見ているだけじゃなくて、もっとあなたの事が知りたい。
もし僕に興味を持ってくれたら、夜の十時以降に電話してください。
あなたと一度、話をしてみたいです。 野々村敦彦』
最後に電話番号が書いてあって、それがこの手紙をくれた野々村くんの番号だと知る。ぽかんとしているわたしの隣で、茉奈が興奮していた。
「キャー、何これ! もっとあなたの事が知りたい、だって! 花音、すごいじゃん! めちゃくちゃ思われてる!」
「でも……好きになってしまったのかもしれない、で、好き、だとは書いてないよ?」
「そういう控えめさがいいんじゃん。でも花音、この野々村敦彦って人のこと、ほんとに知らないの? 毎日、同じバスで見てたんでしょ?」
「星が丘の制服、やたら多いなとは思ってたけど……顔までは、全然。しゃべってるところも見たことないし……」
そこで、点と線が繋がるように、頭の中で記憶の蓋が開く。
映画のワンシーンを切り取ったようなひとコマ、あれはまだ、たしかバス通学を始めたばっかりの頃。
おばあちゃんに席を譲っていたのって、この人じゃなかった……?
「思い出した」
そう言うと、茉奈が目を広げた。
「思い出したって、何を?」
「この野々村敦彦くんだと思う。おばあちゃんに席譲ってたところ、一度、見たことある」
「おばあちゃんに席譲るんだー。優しい人だね。付き合ったら、優しくしてくれそう!」
茉奈はまるで自分がラブレターをもらったみたいに目を輝かせている。
対してわたしは、どこかぼんやり。別に可愛くもきれいでもないわたしが男の子からラブレターを貰うなんて、やっぱり現実味がない。
変な夢でも見ているんじゃないだろうか……?
「で、花音、どうするの? 電話、するの?」
「うーん。今までこんなことなかったから、どうすればいいんだろう……」
「毎日同じバスなんでしょう? 電話しなかったら、気まずくない?」
「まぁ……ね。気まずいったら、気まずい」
「じゃあ、電話してみればいいじゃん」
「全然知らない人だよ?」
「いい人そうだし、話してみれば、好きになるかもしれないでしょ」
半信半疑で茉奈の言葉を受け止める。
わたしの周りには、シンバ以外同じ年頃の男の子がいない。男友だちも恋人もできたことがないから、男の子と話すこと自体慣れてない。ましてやこんな手紙まで貰ってしまったんだ、なんて返事をしたらいいだろう。
「どちらにしろ、誠意には誠意で返さないとまずいんじゃない? 付き合うにしても、断るにしても、電話ぐらいはしたほうがいいんじゃないのー? まぁ、付き合いたいとはこの手紙、書いてないけどね」
茉奈がそう言ったところで、チャイムが一日の始まりを告げた。



