「学校って、楽しいところなんだろう?」

「うーん、楽しいと言えば楽しいけど。退屈な授業もあるし、面倒くさい人間関係もある。でも文化祭や体育祭は、盛り上がるよ」

「みんなでお祭りするんだろ? 人間の祭りって、一回行ってみたいんだよな」

「うちの文化祭は十月だから、もうちょっと先。来週になったらロングHRで、出し物決める」

「HRって、どんな事を話し合うんだ? いわゆる、学級会だろ?」

「その日によって違うよ、特に変わったことがなければ、すぐに終わっちゃう。うちの学級委員長はしっかりしてるから、特に何もない日は夕べのニュースについてどう思いますか、なんて聞いたりするけど」

「結構難しいこと聞かれたりするのか?」

「戦争はどうしたらなくなるのかとか、ね」

「答えはなんだったんだ?」

「人はそれぞれ、信じてる神様が違うから、って」

「……そうかもしれないないな」


 シンバはしばしの間黙り込んで、開け放たれた窓から入ってくる秋の風を感じていた。キンモクセイの甘い香りが、鼻孔をつん、と刺激した。


「なぁ花音、俺も学校に行ってみていい?」
「えぇ!?」


 思わず、大きな声が出た。シンバの目がきらきらしてる。


「俺も見てみたいんだ、授業とかHRとか、休み時間とか。話には聞いてるけど、実際どういうもんなのか、この目で見てみたい」
「……どうやって行くの」

「花音の机の中に、ひっそり隠れていればいい。スカートのポケットの中でもいいよ」
「別にいいけど……」


 正直、不安だ。他の人間に見られちゃいけないシンバを、学校なんて人だらけの場所に連れて行くなんて。


「お父さんとお母さんに聞いてからにしたら?」
「絶対駄目って言うから、山にどんぐりを取りに行くって伝える。どんぐり集めは、一日中かかるからな」

「お父さんとお母さんに嘘つくの?」
「人間だって親に嘘、つくだろ。小人も同じだよ」


 たしかにわたしは、お父さんとお母さんにだいぶ嘘をついている。おばあちゃんにも。学校は楽しい? って言われて、いつも楽しい、って答えてる。本当は楽しくない時も、たくさんあるのに。


「じゃ、明日、俺を花音のカバンに入れてくれよ」
「明日ぁ!?」


 いくらなんでも急すぎる。シンバはぴょんぴょん、飛び跳ねる。


「思い立ったら吉日、って言うだろ」
「そりゃそうだけど……」
「なんだ? 花音、そんなに俺と出かけるのが怖いのか?」

「万が一人に見られたら……」
「俺がそんなヘマ、するわけないだろ。万が一見られたとしても、普通の人間は小人の存在自体信じないだろうし」
「ま、そうだけど……」
「じゃ、約束なっ!!」


 そう言ってシンバは、可愛らしい右手の小指を突き出した。

 

  第四章



「花音、お弁当入れておくわよ」
「やめてっ!」


 トーストを齧りながら大声を出したら、お母さんがぎょっとした顔でこっちを見る。


「カバンの中に学校に入れちゃいけないものでも入れてるの?」
「そうじゃないけど。もう高校生だから、自分でやる」


 とってつけたような言い訳をしながらパンを咀嚼し、お母さんに見えないように気を付けながら自分でお弁当を入れる。一瞬だけ見えたシンバは、身じろぎもせず膝を抱えて丸まってた。


「花音はえらいねぇ」


 おばあちゃんが褒めてくれる。お母さんもそう、とにっこり笑う。
 よかった、なんと誤魔化せた……
 学校に小人を持ってきちゃいけない、というありえない校則は、わたしが勝手に作った。

 高速で朝ご飯を済ませ、ゆっくりバス停まで歩く。一人になるとさっそくシンバはカバンから出てきて、器用に身体をよじ登り、胸ポケットの中に入った。


「ここらへん、都会よりいい場所だろ」
「うん。あっちからもこっちからも、キンモクセイの香りがぷんぷんするけど」
「俺、キンモクセイって好きだぞ。でも花音、ギンモクセイは知らないだろ」
「何それ」
「ギンモクセイは、白い花が咲くキンモクセイなんだ」


 山で『借り』をするシンバは、山のことにすごく詳しかった。食べられる木の実。食べられない木の実。食べられる虫と食べられない虫。汚れた水の浄化の仕方。


「あのおばあちゃん、いつも朝から掃除してるよな」


 五軒離れた近所の腰が曲がったおばあちゃんが、掃除をしている。シンバか少し声を落とす。


「働き者で、すごいマメなおばあちゃんなんだ。俺、働き者は好きだぜ」
「わたしも、働き者は好き。うちのおばあちゃんも、朝五時に起きて庭を掃除してた」
「歳とっても元気に身体を動かせるっていいよな。俺もそうなりたい」


 そう言って、シンバはひょこっと頭を隠した。


「おはようございます」
「はい、おはよう」


 箒の手を止めて、のんびりした声が返ってくる。もう八十歳を超えているだろうけれど、とても優しいおばあちゃんだ。


「またどんぐり狩り、行かなきゃなぁ」
 おばあちゃんの家を過ぎると、シンバがまた首をひょっこり出す。


「どんぐりは、日持ちするんだよ。すりつぶして粉にして、パンケーキの材料にする。小人は秋になると、一年分のどんぐりを集めるんだ」
「今度山狩り、シンバと一緒に行きたい。鳩に乗るシンバを見てみたい」
「お前、山なんか登れるのかよ。そんな、棒みたいな脚で」
「体力に自信はないけど、根性はあるよ」


 そう言って筋肉も脂肪もない腕でガッツポーズをしてみせると、シンバはにい、と歯を見せて笑った。