「いや、全然平気って顔じゃないだろ。そんな泣きそうな顔して、俺のこと誤魔化せると思ってる?」

 川名につかまれた手が。真剣な眼差しをぶつけられている顔が熱い。川名が心配してくれているのがわかって嬉しい。
 嬉しいけど、さっき川名に傘を出していた隣のクラスの女子の顔がチラついて、彼の優しさを素直に喜べなかった。

「もう、いいよ。こういうの……」
「何が?」
「川名は昔馴染みへの同情で私のこと庇ったり助けてくれたりするのかもだけど、そういうのは要らないから」
「三芳、何言ってんの?」
「もうすぐクラス替えだし、あとちょっと我慢すればいいことなんだよ。佐藤さんたちと離れたら、こういうのもなくなるだろうし。川名とだって、次はクラスが離れるかもじゃん。そうしたら、私とはもう関係なくなるんだし……」
「それさ、遠回しに俺のしたことが全部迷惑だったって言ってる?」
「え?」

 川名がふっと息を漏らすのが聞こえて、顔をあげる。

「昔馴染みだからってくらいで、こんなに三芳のこと気にかけるわけねーじゃん。でも、それが迷惑だったならごめん。もう、やめるな」

 淋しげに笑った川名が、私の手を離す。まるで失恋でもしたみたいな川名の表情に、私の胸が鈍く痛んだ。

 どうして、川名がそんな泣きそうな顔するの……? 
 さっき傘を差し出されていたあの子は、川名の好きな人ではないの? 

 私から離れて廊下を歩いていく川名の背中を見つめる。

 もし、あの子が川名のカノジョじゃないなら……。いや、もし万が一カノジョだったとしても、ここまで追いかけて来てくれた彼の手をこのまま離してしまうのは嫌だ。
 そう思ったら、歩き去って行く川名の背中に向かって、勝手に足が動き出していた。