途中で自転車屋さんで空気を入れてもらったら、走りが軽快になった。しかしモニタリングセンサーは、ずっと赤ランプ。段々とビルが少なくなり、平屋の家が多くなってきた。景色が寂しくなるにつれ、陽も落ちてくる。
だけどミナツは迷いなく、ペダルをこぎ続ける。
「……すっげぇ体力」
先を走るミナツの長い髪が、背中でたなびいてる。
セーラー服のえりに春の柔らかい夕陽が滲むのを、足を働かせながら無心に眺める。
親に連れてってもらったその港は、今もさびれたままでいてくれてるかな。せっかくたどり着いて、センサーは赤ランプのままじゃ、ガッカリもいいとこだぞ。
ひたすら筋肉痛と戦ってペダルを踏みこみながら、思い出す景色は、僕をふり向く、両親のつるっとしたマスクの頭。あの時もみんなマスクしたままだったよな。ランプは何色だったかな。緑だったか? 覚えてない。
皆マスクが自分の顔みたいなとこあるし、マスクなしで外歩くのって、相当勇気いるよな。
だけど僕が黙ってミナツについていってるのは、たぶん興味があるからだ。
――ミナツの、マスクの下の顔。
「あっ!」
僕は叫んだ。
指さした先に、マスクをつけてない猫が丸まってる。
「ノラ猫! すっご、あたし初めて見た!」
思わず足漕ぎで近寄ると、猫はさっと草むらに逃げてしまった。
「なんだよ、残念」
「怖いんじゃない? だってあたしたちが撫でようとしてんのか、捕まえて殴ろうとしてんのか、わかんないじゃん」
「えー。オレ、動物には優しいのにな」
「だよね。あたしにも付き合ってくれるくらいだもん」
ミナツはまた国道にもどる。手のひらで転がされてる気がするなぁと、僕は自分に溜息をついた。
腹が減っても固形物を食べられないのは、育ち盛りには辛い。それにとっぷり陽が沈んだ。今から一人で帰れったって、絶対にイヤだ。僕はやけくそぎみにミナツを追い抜き、ぐんぐんと先へ進む。
人里離れた国道沿いに、やっとのことで無人コンビニを見つけた。
「助かったぁ……!」
僕らは同時に肩を落とし、筋肉ばなれ寸前の足を引きずって自動ドアをくぐる。
エネルギー飲料、ココア、甘酒パック。
栄養価の高そうなの選んで、自分で決済。またミナツが「三種のベリースムージー」を滑りこませてきた。
「オレ、来月の小遣いまで、残金百二十円になったんだけど」
かわいそーと言いながら、ミナツは一番高かったスムージーのキャップをひねる。遠慮のないヤツめ。
イートインコーナーの小さな席に並んで座り、摂取できるだけの糖分とエネルギーを補給して。朝日が昇るまでの、小休止だ。
親は心配してるだろうし、シャワーも浴びたいし、コンビニの蛍光灯の青白い光が、やたらと寒々しいし。
テーブルにうつぶせたミナツは、ものの一分で寝息をたてはじめた。
セーラー服一枚のミナツの、華奢な首すじが寒そうに見える。
マスクの温度調整機能って、支給品の学生マスクもそう変わんないよな? 心配になってプラスチック窓を覗き込む。
閉じた瞼に、血管の青い線が、びっくりするような儚さで、透けて見えた。
吸い寄せられるように指で触れそうになって、僕は慌てた。視界に指紋なんてつけたら、すぐバレる。
「……なんなんだよなァ」
きっと帰ったら、親の小言でヒドイ目にあうって分かってるのに、それでもここにいる自分が嫌ではないのだ。
僕はサマーニットのベストを脱いで、ミナツの背中にかけてやった。臭いかもしんないけど、どーせ僕のニオイなんて呼気吸気清浄機能でクリーンになるはずなんだから。
だけどミナツは迷いなく、ペダルをこぎ続ける。
「……すっげぇ体力」
先を走るミナツの長い髪が、背中でたなびいてる。
セーラー服のえりに春の柔らかい夕陽が滲むのを、足を働かせながら無心に眺める。
親に連れてってもらったその港は、今もさびれたままでいてくれてるかな。せっかくたどり着いて、センサーは赤ランプのままじゃ、ガッカリもいいとこだぞ。
ひたすら筋肉痛と戦ってペダルを踏みこみながら、思い出す景色は、僕をふり向く、両親のつるっとしたマスクの頭。あの時もみんなマスクしたままだったよな。ランプは何色だったかな。緑だったか? 覚えてない。
皆マスクが自分の顔みたいなとこあるし、マスクなしで外歩くのって、相当勇気いるよな。
だけど僕が黙ってミナツについていってるのは、たぶん興味があるからだ。
――ミナツの、マスクの下の顔。
「あっ!」
僕は叫んだ。
指さした先に、マスクをつけてない猫が丸まってる。
「ノラ猫! すっご、あたし初めて見た!」
思わず足漕ぎで近寄ると、猫はさっと草むらに逃げてしまった。
「なんだよ、残念」
「怖いんじゃない? だってあたしたちが撫でようとしてんのか、捕まえて殴ろうとしてんのか、わかんないじゃん」
「えー。オレ、動物には優しいのにな」
「だよね。あたしにも付き合ってくれるくらいだもん」
ミナツはまた国道にもどる。手のひらで転がされてる気がするなぁと、僕は自分に溜息をついた。
腹が減っても固形物を食べられないのは、育ち盛りには辛い。それにとっぷり陽が沈んだ。今から一人で帰れったって、絶対にイヤだ。僕はやけくそぎみにミナツを追い抜き、ぐんぐんと先へ進む。
人里離れた国道沿いに、やっとのことで無人コンビニを見つけた。
「助かったぁ……!」
僕らは同時に肩を落とし、筋肉ばなれ寸前の足を引きずって自動ドアをくぐる。
エネルギー飲料、ココア、甘酒パック。
栄養価の高そうなの選んで、自分で決済。またミナツが「三種のベリースムージー」を滑りこませてきた。
「オレ、来月の小遣いまで、残金百二十円になったんだけど」
かわいそーと言いながら、ミナツは一番高かったスムージーのキャップをひねる。遠慮のないヤツめ。
イートインコーナーの小さな席に並んで座り、摂取できるだけの糖分とエネルギーを補給して。朝日が昇るまでの、小休止だ。
親は心配してるだろうし、シャワーも浴びたいし、コンビニの蛍光灯の青白い光が、やたらと寒々しいし。
テーブルにうつぶせたミナツは、ものの一分で寝息をたてはじめた。
セーラー服一枚のミナツの、華奢な首すじが寒そうに見える。
マスクの温度調整機能って、支給品の学生マスクもそう変わんないよな? 心配になってプラスチック窓を覗き込む。
閉じた瞼に、血管の青い線が、びっくりするような儚さで、透けて見えた。
吸い寄せられるように指で触れそうになって、僕は慌てた。視界に指紋なんてつけたら、すぐバレる。
「……なんなんだよなァ」
きっと帰ったら、親の小言でヒドイ目にあうって分かってるのに、それでもここにいる自分が嫌ではないのだ。
僕はサマーニットのベストを脱いで、ミナツの背中にかけてやった。臭いかもしんないけど、どーせ僕のニオイなんて呼気吸気清浄機能でクリーンになるはずなんだから。