湯あみをさせてもらうと、食事が用意されていた。
贅を尽くしたもので、形式上の感謝は伝わってくる内容ではあった。
俺にあてがわれた部屋は、城の門から遠い奥まった部屋だ。贅を尽くした客室であり、大きな窓があって開放的ではあるものの、幽閉されているような気分になる間取りである。
歓迎されているのか、歓迎されていないのか。正直、判断に困る扱いだな、と思う。
夜の闇が濃くなるころ。ためらいがちなノックの音が、扉から聞こえてきた。
「あの……ペルセウスさま」
扉を開くと、ガウンをはおったアンドロメダが立っていた。白い美しいドレスが艶やかだ。
「母が、失礼しました。私、あなたにお礼を」
潤んだ瞳で俺を見あげる。唇が震えていた。
意を決して一人でやってきたらしく、侍女を連れてはいなかった。
「へー、お礼してくれる気になった?」
俺は彼女の身体を抱き寄せる。ぴくんと大きく震えながらも、アンドロメダは抵抗しようとはしない。
おそらく、カシオペアに貶められた俺への謝罪のつもりなのであろう。真面目すぎてため息が出た。
俺は彼女の額にキスを落とすと、ゆっくりと彼女の身体を離した。
「もういいよ。王女さま」
びっくりしたように、アンドロメダの目が見開かれて俺を見ている。
「他の男に惚れている女を抱くほど、バカじゃねーし」
「え?」
「俺が勝手にやったことだし、褒美が欲しいなんて思ってない。王女のあんたが、責任感じて好きでもない男に抱かれる必要はねーよ」
「私……」
アンドロメダの言葉を待たず、俺は扉をバタンと閉めた。
「がらじゃねーな」
思わず呟く。泣きそうなアンドロメダが愛おしかった。
遠ざかる足音を聞きながら、俺はベッドに横になる。窓から月の光が差し込んでいた。
翌朝。
嫌な予感がした。
アンドロメダの婚約者であるピーネウスが、武装した兵士を連れて、迎えに来たのだ。
俺自身の武装を解けとは言われなかったので、とりあえず、おとなしく言われるがままについていくと、玉座の前に、連れていかれたが、まるで罪人のように、武装した兵士に取り囲まれた。
カシオペア王妃が満足げに俺を見降ろしている。ケフェウス王は苦悩に満ちた顔をしており、アンドロメダは青ざめていた。
ふーん。と思った。
「悪いが、我が国の為に、その命、ポセイドンさまに捧げさせてもらう」
にやりと、優男の口元が歪み、剣の柄に手を当てる。俺が抵抗するとは、全く思っていないのか。それとも、多勢に無勢と高をくくっているのであろうか。
「あんたたち、バカ?」
俺は、思わず口にする。
「俺の命を捧げりゃ、そりゃあ、ポセイドンは満足するだろうねえ。俺は、ポセイドンの宿敵である、アテナの『身内』だから」
俺の言葉に、周りの兵士の顔が青ざめた。
アテナを敵にするのは、恐怖であろう。神の名に頼るのはためらわれたが、無駄な血を流すよりはマシだ。
「戯言だ! 嘘に決まっているだろう!」
ピーネウスが怒号を上げた。
「あのさー、フツーに考えたら、ポセイドンの化け物に怯えていただけのあんたたちに、俺が倒せるわけないだろ?」
躍りかかってきた無謀な兵士たちを、俺は軽く身をかわしながら蹴り倒した。
兵士の動きが止まったところで、ヒューッと口笛を吹く。
ヒヒーン。どこからともなく、馬がいなないて、白い羽もつ天馬が俺の傍らに現れた。
ひょいっと、俺はペガサスにまたがる。
「歓迎されてないなら、俺、帰るわ。せいぜい、これ以上、神の怒りを買わねーよに自重しな」
「待って!」
突然、玉座の隣から、アンドロメダが兵士をかきわけて、俺のところに走り寄ってきた。
「お願い! 私を連れていって!」
「王女、何を言っているのです?」
アンドロメダの腕を、ピーネウスがつかむ。
「離して。贄になったとき、王女の私は死んだの! お願いペルセウスさま! 私をあなたの妻にして!」
つかまれた腕をふりほどこうとあがきながら、彼女が俺を見て叫ぶ。その言葉に嘘はなく、責任感で出た言葉じゃないのは明らかで。必死で見上げたその瞳は、ぞくりとするほど美しい。
俺は、ペガサスを操り、ピーネウスを殴り飛ばして、アンドロメダを馬上へと引き上げた。
「まちなさい! アンドロメダ!」
王妃が悲鳴のように叫ぶ。
「あなた、その男にだまされているのよ! あなたは王族なのよ? 高貴な姫なの!」
アンドロメダは、答えずに俺の身体にすがりつく。
「あのさー そんなに血筋が大事なわけ?」
俺は、思わず首をすくめる。
「だったら。俺の母親も一応、アルゴスの王族なんだよね。ついでに、俺、こうみえても、ゼウスの子だし」
王と王妃が青ざめていく。
「心配するなら、血筋じゃなくて、娘自身を心配しろよ」
アンドロメダがはしっと俺の身体にしがみついた。
「じゃあな」
俺は、アンドロメダの身体を抱きしめながら、天馬で王宮を翔け、天へと飛び出した。
エチオピアは、あっという間に小さくなっていった。
贅を尽くしたもので、形式上の感謝は伝わってくる内容ではあった。
俺にあてがわれた部屋は、城の門から遠い奥まった部屋だ。贅を尽くした客室であり、大きな窓があって開放的ではあるものの、幽閉されているような気分になる間取りである。
歓迎されているのか、歓迎されていないのか。正直、判断に困る扱いだな、と思う。
夜の闇が濃くなるころ。ためらいがちなノックの音が、扉から聞こえてきた。
「あの……ペルセウスさま」
扉を開くと、ガウンをはおったアンドロメダが立っていた。白い美しいドレスが艶やかだ。
「母が、失礼しました。私、あなたにお礼を」
潤んだ瞳で俺を見あげる。唇が震えていた。
意を決して一人でやってきたらしく、侍女を連れてはいなかった。
「へー、お礼してくれる気になった?」
俺は彼女の身体を抱き寄せる。ぴくんと大きく震えながらも、アンドロメダは抵抗しようとはしない。
おそらく、カシオペアに貶められた俺への謝罪のつもりなのであろう。真面目すぎてため息が出た。
俺は彼女の額にキスを落とすと、ゆっくりと彼女の身体を離した。
「もういいよ。王女さま」
びっくりしたように、アンドロメダの目が見開かれて俺を見ている。
「他の男に惚れている女を抱くほど、バカじゃねーし」
「え?」
「俺が勝手にやったことだし、褒美が欲しいなんて思ってない。王女のあんたが、責任感じて好きでもない男に抱かれる必要はねーよ」
「私……」
アンドロメダの言葉を待たず、俺は扉をバタンと閉めた。
「がらじゃねーな」
思わず呟く。泣きそうなアンドロメダが愛おしかった。
遠ざかる足音を聞きながら、俺はベッドに横になる。窓から月の光が差し込んでいた。
翌朝。
嫌な予感がした。
アンドロメダの婚約者であるピーネウスが、武装した兵士を連れて、迎えに来たのだ。
俺自身の武装を解けとは言われなかったので、とりあえず、おとなしく言われるがままについていくと、玉座の前に、連れていかれたが、まるで罪人のように、武装した兵士に取り囲まれた。
カシオペア王妃が満足げに俺を見降ろしている。ケフェウス王は苦悩に満ちた顔をしており、アンドロメダは青ざめていた。
ふーん。と思った。
「悪いが、我が国の為に、その命、ポセイドンさまに捧げさせてもらう」
にやりと、優男の口元が歪み、剣の柄に手を当てる。俺が抵抗するとは、全く思っていないのか。それとも、多勢に無勢と高をくくっているのであろうか。
「あんたたち、バカ?」
俺は、思わず口にする。
「俺の命を捧げりゃ、そりゃあ、ポセイドンは満足するだろうねえ。俺は、ポセイドンの宿敵である、アテナの『身内』だから」
俺の言葉に、周りの兵士の顔が青ざめた。
アテナを敵にするのは、恐怖であろう。神の名に頼るのはためらわれたが、無駄な血を流すよりはマシだ。
「戯言だ! 嘘に決まっているだろう!」
ピーネウスが怒号を上げた。
「あのさー、フツーに考えたら、ポセイドンの化け物に怯えていただけのあんたたちに、俺が倒せるわけないだろ?」
躍りかかってきた無謀な兵士たちを、俺は軽く身をかわしながら蹴り倒した。
兵士の動きが止まったところで、ヒューッと口笛を吹く。
ヒヒーン。どこからともなく、馬がいなないて、白い羽もつ天馬が俺の傍らに現れた。
ひょいっと、俺はペガサスにまたがる。
「歓迎されてないなら、俺、帰るわ。せいぜい、これ以上、神の怒りを買わねーよに自重しな」
「待って!」
突然、玉座の隣から、アンドロメダが兵士をかきわけて、俺のところに走り寄ってきた。
「お願い! 私を連れていって!」
「王女、何を言っているのです?」
アンドロメダの腕を、ピーネウスがつかむ。
「離して。贄になったとき、王女の私は死んだの! お願いペルセウスさま! 私をあなたの妻にして!」
つかまれた腕をふりほどこうとあがきながら、彼女が俺を見て叫ぶ。その言葉に嘘はなく、責任感で出た言葉じゃないのは明らかで。必死で見上げたその瞳は、ぞくりとするほど美しい。
俺は、ペガサスを操り、ピーネウスを殴り飛ばして、アンドロメダを馬上へと引き上げた。
「まちなさい! アンドロメダ!」
王妃が悲鳴のように叫ぶ。
「あなた、その男にだまされているのよ! あなたは王族なのよ? 高貴な姫なの!」
アンドロメダは、答えずに俺の身体にすがりつく。
「あのさー そんなに血筋が大事なわけ?」
俺は、思わず首をすくめる。
「だったら。俺の母親も一応、アルゴスの王族なんだよね。ついでに、俺、こうみえても、ゼウスの子だし」
王と王妃が青ざめていく。
「心配するなら、血筋じゃなくて、娘自身を心配しろよ」
アンドロメダがはしっと俺の身体にしがみついた。
「じゃあな」
俺は、アンドロメダの身体を抱きしめながら、天馬で王宮を翔け、天へと飛び出した。
エチオピアは、あっという間に小さくなっていった。