グライアイたちの洞窟を出ると、今度は西へと足を向ける。黄昏の太陽が落ちる前に、俺は、西の果てで天を支え続けている巨大な男の神を見つけた。おそらく、これはアトラスという神だ。
 なんでも、その昔、神々の争いでゼウスに敗れ、ずーっと天を肩で支えるという、超しんどくて、くそ面白くもない仕事をゼウスに押し付けられた神様だ。
「よお、坊主、それは、ヘルメスのサンダルだな?」
 海面がビリビリと震えるような低音で、アトラスは俺に話しかけた。
「ああ。ちょっとゴルゴン退治のために、借りている」
 その答えに、アトラスは目を見開いて俺を見た。
「ゴルゴンというと、あの見たものを石に変えてしまうという化け物か?」
「そーだけど」
 アトラスは「おおっ」と歓喜の声を上げた。
「坊主、頼みがあるのだが」
 ぎぎっと天を担ぐ位置を変える。ゆらりと天が揺れて、まだ天を走っていた太陽を載せたアポロンの馬車がぐらりと蛇行したのが見えた。
 ちょっと、待て。マジ、怖いんだけど。
「ゴルゴンを退治したあかつきには、西の果てまで戻ってきて、わしを石にしてくれないか?」
「石? なんで?」
 アトラスは大きくため息をつく。
「今の、見ただろう? 少しでもわしが天を動かすだけで大事になっちまう。もう長年この仕事を続けてきた。もちろん重要な仕事で誇りもあるが、退屈で、しんどい。代わりもいない。やめることが許されないなら、石にでもなっちまった方が楽だと思うようになった」
 彼の言葉は、深い憂いに満ちていた。
「……いいけど」
 俺は大きな神に頷いた。
「一応、倒してくるまでの間、もう一度考えなよ?」
 俺がそういうと、アトラスはホッとしたように微笑んだ。
「そうそう。ゴルゴン三姉妹は、メデューサ以外は不死だ。間違えぬようにな」
 アトラスは俺に念を押す。
「見た目で見分けがつかないの?」
「そうらしい。ただ、三人のうち、メデューサだけが、呼吸をしている」
 それって、後の二人は死んでいるってことじゃないだろーか。
 んー、不死って、そういう意味かよ。
「ところで、ヘスペリデスに会って、退治するのに必要な道具を借り受けるように、ヘルメスさまにいわれているんだけど」
「おおっ、ヘスペリデスなら、すぐそこの果樹園にいる。わしのむすめたちだよ。まてまて、わしが口をきいてやる」
 こうして、俺は綺麗なニンフたちに、ゴルゴン退治に必要な、かぶると姿が消えるハーデスの隠れ兜と、魔を封じてしまうことのできる袋、キビシスを借り受けた。
 どうせなら、ニンフたちとゆっくり話したかったのだが。父神であるアトラスがじっと見ながら、いろいろ口を出してくるので、どうにも居心地が悪い。早々に、ゴルゴンが住むという島を教えてもらって立ち去ることにした。