「えー、王の婚約式なんて、どーでもいいじゃん」
 俺は思わず、不平をもらす。
「でも、招待されちゃったのよ。それに、お世話になっているディクテュスさまのお兄様でいらっしゃるし、あなたももう成人してお仕事につくわけですから」
 母、ダナエーは困ったように俺を見る。
 俺、ペルセウスと、母、ダナエーは、故郷を放逐されて、このセリーポス島にやってきた。
 海岸に漂着していた俺たちを助けてくれたのは、漁師のディクテュスだ。
 ひとのいいディクテュスは、まだ乳飲み子だった俺を抱えた母を保護し、家と仕事、そして食料を与えてくれた。ディクテュスには恩がある。それは間違いない。が。
「でもさー、俺、王って嫌いなんだよねー」
 島の王であるポリュデクテスは、脂ぎったオヤジで、シングルマザーである俺の母親に色目を使っていた。もっとも、母は、鈍いのかわざとなのか知らないが、完全スルーである。
 俺も、あの男をオヤジとは呼びたくない。
 他の女と婚約するっていうことは、さすがに諦めたのかもしれないなーと思う。
「あなただって、この島で生きていくのですもの。王のご招待をお断りする訳にはいかないわ」
「わかったよ。出りゃいいンだろ、行くよ」
 俺は、仕方なく頷いた――思えば、それが始まりだった。

 
 ハメられた、と思ったのは、石造りの王宮に入ってからであった。
 きらびやかな衣装を身にまとった招待客は、みな、それぞれに王に婚約祝いの貢物を持参していたのだ。
『来てくれればそれでいい』と聞いていると、母は言っていたが、とんでもなかった。
 王に拝謁し、貢物を渡す。この一連の流れを、全ての招待客に要求しているのだ。途中でバックレようかと思ったが、扉はピタリと閉められて、閉じ込められた状態であり逃げようがない。
 手ぶらでやってきた俺を、王はニヤニヤと見つめた。
「よう、ペルセウス。そなたは、お祝いに何をくれるのかね?」
 結局のところ、これはお祝いを周りからふんだくるための会だったらしい。俺は、形だけは馬鹿丁寧に頭を下げた。
「さて。自分はまだ未熟ゆえ、献上できるようなものは何もないかと」
「ほほう」
 王は、ニヤリと笑った。
「確かに、なにも成したことのないそなたは、まだダナエーの影に隠れる子供だな」
 いやみったらしく、王はいい放つ。まわりの客たちが王に追従するように俺を見ながらせせら笑った。
「ところで、そなたは、神の子だと聞いておるが、誠か?」
 王は俺をしげしげと見る。
「さあて。母は、そう言っておりますが。父に会ったことはありませんので」
 母が言うには、俺は大神ゼウスとの子どもらしい。それゆえに、母を処刑しようとした祖父は手を下すことで神の怒りを買うことをおそれ、俺たちを川に流すにとどめたらしい。
「ではわしが、そなたに神の子に相応しい仕事をやろう」
「神官職でもご紹介していただけるので?」
 フン、と王は、俺の言葉を鼻で笑った。
「ゴルゴンの三姉妹のひとり、メデューサの首を、我に奉じよ」
「は?」
 意味がわからない。ゴルゴン三姉妹といえば、その顔を見れば石になると言われる化け物である。
 そんなものが欲しいなんて、どうかしている。
「首をとってくるまで、島に帰ることは許さぬ。もちろん、逃亡すれば、母の命はないぞ」
 ニヤニヤと王は俺を見た。
「真にそなたが神の子であれば、たやすい仕事。『騙り』であったならば、それは大罪であり、わしはそなたを裁かねばならん」
「俺が言ったわけではないんだがなあ」
 ついぼやきが出た。
 それに、神の子を騙って、何かしたわけでもない。
「……やっぱ、こいつ、嫌いだわ」
 ボソリと俺は、口の中で呟いた。