とはいえ、彼女が求めるような"堕落"を、色々教えてあげられそうなのは事実だった。最初に言っていたような、異性との繋がりについてならば、僕は絶望的に知見がない。でも、日々の生活をだらしなく生きることに関してならば、いくらでも助言できる。はなはだ不本意ではあるけど……。
「わかったよ。協力する」
「ほんと? 嬉しい! ありがとう!!」
かくして、生徒会長と僕だけが所属する非公式部活動「堕落部」が発足した。活動内容は至ってシンプルで「週に一回、だらしなく生きる」とういうものだ。
週に一回というのは僕の発案だ。「だらしなく」というのは歯止めが効かない。どんな完璧超人でも、だらしなく生きることが習慣化したら転落は目に見えている。僕は方月さんがそうなる様を見たくないし、責任を負う勇気もなかった。
「わかった。じゃあ"堕落"は毎週水曜日だけということで」
方月さんもそれに同意する。今日が火曜日だから、最初の活動日は明日ということになる。
「なにか準備することはある? 何でも言って!」
"堕落"のために準備をするというのも変な話だけど、方月さんらしい言葉だなと思った。
「うん、そうだなぁ……大丈夫、全部僕がやるよ」
全然誇らしいことじゃないけど、こういう事ならば僕はすぐに思いつく。
翌日の昼休み。僕は方月さんから鍵を借りて、備品室と宿直室を訪れていた。生徒会室にはこういった特別室に入れる鍵が常備されている。それは生徒会長という役目が、そして方月まひろという生徒が、先生たちから信頼されているという証拠だった。そんな立場を悪用し、僕たちは"堕落"のための準備を進める。
「こんなところかな?」
6限の授業が終わると、僕は昼休みのうちに生徒会室に運び入れたそれを手早く組み立てた。生徒会室にあるイスを5個ずつ2列に並べる。列が向かい合うように、背もたれをはそれぞれ外側にむける。そしてそれらを縦も横も密着させると、200×80センチくらいのスペースが出来上がる。
お次は座布団だ。宿直室の押し入れの中にたくさん入っている。文化祭の準備中、落語研究会が大喜利に使うために申請したので、この存在に気づくことが出来た。文化祭実行委員さまさまだ。そんな座布団を並べたイスの座面に敷き詰める。これで寝転んでも背中が痛くない。
仕上げは備品室から持ってきたカーテン。これは、各クラスの窓際に使われているものの予備で結構大きい。一枚かぶせると並べたイスはすっぽりと隠れてしまった。これで完成だ。
「これは……ベッド?」
首を傾げながらも方月さんは尋ねてきた。正解だ。見かけは悪いけど、座布団のマットとカーテンのシーツで、ベッドとしての機能は満たしているはずだ。
「そう。ちょっと寝てみてよ?」
「う、うん……?」
方月さんは、上履きを脱いでちょこんと即席ベッドの脇に並べておいた。こういう所に彼女の育ちの良さが現れる。そして、おずおずとカーテンの上に這い上がり、ゆっくりと身体を横たえる。
「どう?」
「うん……思ったより寝心地はいいみたい。安定もしてる」
そこは抜かりなかった。ただ椅子を並べただけだといつ崩れるかわからない。だから10本の脚をそれぞれダクトテープでぐるぐる巻きにして固定していた。このテープは文化祭で使用したものの余りだ。
「そっか、お昼寝。学校でお昼寝なんて確かに"堕落"っぽいね!」
方月さんは嬉しそうだ。でも、今度は不正解。
「ふっふっふ。甘い、甘いよ方月さん。お楽しみはこれからさ!」
僕はカバンの中からポテトチップ。これは生徒会室に来る前に購買部で買ってきたものだ。それらを開封して、方月さんの枕元に置く。
「どうぞ」
「どうぞって……ええっ!? まさか、ここで?」
方月さんは跳ねるように、上半身を起こす。寝そべってお菓子を食べるなんて発想が、彼女の頭の中にはまったくなかったらしい。
「仰向けよりも、うつ伏せのほうがいいかな?」
「こ、こう?」
彼女はぐるりと体を捻る。ちょどめの前にポテトチップの開封口がくる。
「あ……」
そこから漂うバター醤油の香りが鼻腔をくすぐったのか、彼女の顔に恍惚の色が交じる。昨日、深夜ラーメンの感想を語ってくれたときの顔だ。更に僕は、もう一個の椅子を彼女の頭の上に置き、そこに更に2つのアイテムを用意する。
「シーツの上だと安定しないから、こっちに置いておくよ」
そう言いながら、コーラの蓋をひねる。ぷしゅっという音が生徒会室に響く。
「そしてもう一つはこれ! 読んだことある?」
「週刊少年ホップス……聞いたことはあるけど……」
少年漫画雑誌の絶対王者すらも、彼女にとっては「名前くらいは知ってる」程度なのか。これは相当な箱入りぶりだ。
「ベッドの上の、ポテチ、コーラ、ホップス。これはもう三種神器と言ってもいいと思うよ?」
「そうなんだ……でも、食べかすがシーツの上とかページの隙間とかに入ったら大変そう」
「堕落者はそんな考えないの! さぁさぁ、食べてみてよ!」
「う、うん……」
彼女はそっとポテトチップの袋に手を伸ばし始めた。
「わかったよ。協力する」
「ほんと? 嬉しい! ありがとう!!」
かくして、生徒会長と僕だけが所属する非公式部活動「堕落部」が発足した。活動内容は至ってシンプルで「週に一回、だらしなく生きる」とういうものだ。
週に一回というのは僕の発案だ。「だらしなく」というのは歯止めが効かない。どんな完璧超人でも、だらしなく生きることが習慣化したら転落は目に見えている。僕は方月さんがそうなる様を見たくないし、責任を負う勇気もなかった。
「わかった。じゃあ"堕落"は毎週水曜日だけということで」
方月さんもそれに同意する。今日が火曜日だから、最初の活動日は明日ということになる。
「なにか準備することはある? 何でも言って!」
"堕落"のために準備をするというのも変な話だけど、方月さんらしい言葉だなと思った。
「うん、そうだなぁ……大丈夫、全部僕がやるよ」
全然誇らしいことじゃないけど、こういう事ならば僕はすぐに思いつく。
翌日の昼休み。僕は方月さんから鍵を借りて、備品室と宿直室を訪れていた。生徒会室にはこういった特別室に入れる鍵が常備されている。それは生徒会長という役目が、そして方月まひろという生徒が、先生たちから信頼されているという証拠だった。そんな立場を悪用し、僕たちは"堕落"のための準備を進める。
「こんなところかな?」
6限の授業が終わると、僕は昼休みのうちに生徒会室に運び入れたそれを手早く組み立てた。生徒会室にあるイスを5個ずつ2列に並べる。列が向かい合うように、背もたれをはそれぞれ外側にむける。そしてそれらを縦も横も密着させると、200×80センチくらいのスペースが出来上がる。
お次は座布団だ。宿直室の押し入れの中にたくさん入っている。文化祭の準備中、落語研究会が大喜利に使うために申請したので、この存在に気づくことが出来た。文化祭実行委員さまさまだ。そんな座布団を並べたイスの座面に敷き詰める。これで寝転んでも背中が痛くない。
仕上げは備品室から持ってきたカーテン。これは、各クラスの窓際に使われているものの予備で結構大きい。一枚かぶせると並べたイスはすっぽりと隠れてしまった。これで完成だ。
「これは……ベッド?」
首を傾げながらも方月さんは尋ねてきた。正解だ。見かけは悪いけど、座布団のマットとカーテンのシーツで、ベッドとしての機能は満たしているはずだ。
「そう。ちょっと寝てみてよ?」
「う、うん……?」
方月さんは、上履きを脱いでちょこんと即席ベッドの脇に並べておいた。こういう所に彼女の育ちの良さが現れる。そして、おずおずとカーテンの上に這い上がり、ゆっくりと身体を横たえる。
「どう?」
「うん……思ったより寝心地はいいみたい。安定もしてる」
そこは抜かりなかった。ただ椅子を並べただけだといつ崩れるかわからない。だから10本の脚をそれぞれダクトテープでぐるぐる巻きにして固定していた。このテープは文化祭で使用したものの余りだ。
「そっか、お昼寝。学校でお昼寝なんて確かに"堕落"っぽいね!」
方月さんは嬉しそうだ。でも、今度は不正解。
「ふっふっふ。甘い、甘いよ方月さん。お楽しみはこれからさ!」
僕はカバンの中からポテトチップ。これは生徒会室に来る前に購買部で買ってきたものだ。それらを開封して、方月さんの枕元に置く。
「どうぞ」
「どうぞって……ええっ!? まさか、ここで?」
方月さんは跳ねるように、上半身を起こす。寝そべってお菓子を食べるなんて発想が、彼女の頭の中にはまったくなかったらしい。
「仰向けよりも、うつ伏せのほうがいいかな?」
「こ、こう?」
彼女はぐるりと体を捻る。ちょどめの前にポテトチップの開封口がくる。
「あ……」
そこから漂うバター醤油の香りが鼻腔をくすぐったのか、彼女の顔に恍惚の色が交じる。昨日、深夜ラーメンの感想を語ってくれたときの顔だ。更に僕は、もう一個の椅子を彼女の頭の上に置き、そこに更に2つのアイテムを用意する。
「シーツの上だと安定しないから、こっちに置いておくよ」
そう言いながら、コーラの蓋をひねる。ぷしゅっという音が生徒会室に響く。
「そしてもう一つはこれ! 読んだことある?」
「週刊少年ホップス……聞いたことはあるけど……」
少年漫画雑誌の絶対王者すらも、彼女にとっては「名前くらいは知ってる」程度なのか。これは相当な箱入りぶりだ。
「ベッドの上の、ポテチ、コーラ、ホップス。これはもう三種神器と言ってもいいと思うよ?」
「そうなんだ……でも、食べかすがシーツの上とかページの隙間とかに入ったら大変そう」
「堕落者はそんな考えないの! さぁさぁ、食べてみてよ!」
「う、うん……」
彼女はそっとポテトチップの袋に手を伸ばし始めた。