「それなりにって……君も”堕落”してるの?」
「堕落……う、うん。まぁね。僕だって、それなりにダラク? してますよ!?」

 言ってて悲しくなる。だらしなくダラダラ過ごすのは得意だ。でも、方月さんの言う”堕落”が、役目そっちのけで異性とよろしくやる事だとしたら、僕ほど堕落から遠い人間はいない。

 異性に興味がないわけじゃない。勉強や趣味の方が楽しくて恋人はいらないというわけではなく、むしろ絶賛募集中だ。デートスポットとか、イベントとか、めちゃくちゃ興味がある。けど残念ながら僕には女の子どころか男友達すら少ない。クラスメイトのノリには馴染めず、部活も入ってない。
 だから異性との会話も事務的なものを除けば、一学期に一度あるかないかくらいだ。その一度の日は、夜なかなか寝付けないほど興奮してしまうボンクラ野郎。それが滝藤一途だ。

 文化祭実行委員に選ばれたのも、クラスで団結して模擬店を成功させるというノリに馴染めなかったからだった。去年の文化祭に、冬の球技大会、今年の体育祭と合唱コンテスト。そういった行事にいちいち熱くなるカースト上位の連中。それらを冷ややかな目で見ていたら、いつのまにか推薦されていた。団結を拒む異分子を、体よく厄介払いしようというワケだ。

 そんな僕が、”堕落”なんてしているはずがない。けど、方月さんの目にはありありと絶望の色が浮かんでいた。

「……るい」
「へ?」

 彼女は不意に顔を伏せて、なにかつぶやいた。

「……ずるい。私だって……私だって……」

 徐々に声が大きくなり、一度伏せた顔を上げて真っ直ぐ僕を見つめてくる。え? 嘘でしょ? ……その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

「私だって”堕落”したいのに!!」

 切実な空気がこもる独白だった。「青春したい」とか「彼氏が欲しい」ならともかく、「堕落したい」とは……。彼女の頬はほのかに紅くなり、涙で潤んだ瞳は輝きを増している。

「どうして? どうしてみんなそんな自由なの? 私なんて、自分のことだけで精一杯なのに……!」

 自分のことで精一杯……ああ、そうかもな。

 美人なだけではない。成績は常に学年トップだし、球技大会で個人賞をもらう程度にはスポーツも出来る。親はどこかの会社の社長らしく、身につけているものはどことなく高そうなものばかり。その上、生徒会長。今どきマンガのヒロインだってもう少し隙があるぞ、と言いたくなる程リアリティのない完璧美人。それが方月まひろだった。

 そんな完璧超人でいるには結構努力が必要だと思う。精一杯になるのも当然だ。他の人はもっと適当にやる。最低限のことだけやって後は手を抜いて、その余裕で青春を楽しむ。そういう意味では確かに、今生徒会室にいない連中は”堕落”してるのかもしれない。

「そうだ滝藤くん、教えてよ。”堕落”の仕方」
「へ?」
「私、みんなみたいな高校生活を送ってみたい! だから方法が知りたい!」
「え、えーと……?」

 どういう事? 潤んだ瞳がじっと僕の顔を見つめてくる。 その姿を見て心臓が高鳴る。ここにきて、僕はとんでもない事に気づいた。

 今僕は、校内一の美人と密室にいる。二人きりで。

 工藤さんのような愛嬌のある可愛らしさではない。方月まひろは非の打ち所がない美貌の持ち主だ。整った鼻筋、黒く大きな瞳、少しだけ厚い唇。それに背中まで伸びる、黒く艷やかなロングヘア。完璧すぎて、かえって僕の心にフィルターが掛かっていた。絶対に、何があっても、自分と同じレベルには下りてこない女性。だから二人きりでも緊張も何もしなかった。
 なのに一度、その事実に気づいてしまったらダメだ……。僕の心臓は急速に活動速度を早めだす。

「ダメかな……私みたいなつまらない人間には、みんなと同じようになんて、出来ない?」

 んなことはない!! つまらない人間とか……自己認識バグりすぎでしょ? 誰の手にも届かない高嶺の花。そう思われてるから、浮いた話が無いんじゃないの?

「そ……そんなことは」
「だったら教えて! ヒントだけでいいから?」

 ヒント……ねえ。つまらない人間と言ったらそれはむしろ僕の方だ。そんな僕が、彼女に何を教えられると?

 この場にいるのが池上じゃなくてよかった。池上だったら何も言わずに肩を抱き寄せて、ぶちゅーと口を吸うくらい造作なくやるだろう。それは流石に許しがたい。
 じゃあ僕は?僕に同じ真似が出来るわけがない。何度も言うようだけど、それは僕のキャラじゃない。

「ねえ?」
「え、えーと……」

 いやダメだろ! これだけ悩んでいる人を前に、はぐらかして逃げるとかダメだ。キャラとかいってる場合じゃない。僕なりに方月さんを助けるんだ!

「ご……午前2時」
「え?」
「午前2時にさ、カップ麺食べてみなよ? 最高に堕落した味がするから……」
「死にたい……」

 翌日、学校へ向かう足取りは重かった。最寄り駅を下りて、校門をくぐるまでの10分間がとてつもなく長く感じる。

 なんであんな提案をしたんだ僕は……? 人並みの青春に憧れ、悩んでいた完璧少女に「カップ麺食え」はいくらなんでも無い……。

 でも、弁明だけはさせて欲しい。ただのギャグのつもりだったんだ! 彼女が悩んでいるのはわかった。そしてその悩みを解消する力が、僕にはなさそうな事を自覚した。だからせめて、空気をなごまそうとして放った渾身のギャグだ。堕落といえば深夜のカップ麺、そこはみんな異論ないだろう? ギャグセンスやタイミングがおかしいと言われればぐうの音も出ないけど……。
 その後、方月さんは笑うでも怒るでもなく、狐につままれたような顔で「わかった、やってみる」と言っただけだった。昨日はそこでおしまい。やっちまったことを理解した僕はいたたまれなくなって、チェックし終えた報告書を片付けて生徒会室を出て来てしまった。ひとり残された方月さんが何を思ったのか、それはわからないし、わかりたくのない。

 彼女は違うクラスだし、文化祭実行委員の任期は今月いっぱいだ。当番日は理由つけて休んで、このまま顔を合わさないようにしよう。僕はそう心に誓う。他の実行委員たちもサボってるんだから、僕だって別にいいだろう。少なくともあの部屋で、方月さんと二人きりとか絶対イヤだ。そのたびに昨日の微妙ォ~な空気が再現されるんだから……。

 次の交差点を右に曲がれば校門が見えてくる。もういっそ、学校そのものをサボっちまうか? 一瞬だけそんなことも考えた。ここを曲がらずにまっすぐ進めば、少なくとも今日一日、方月さんと会う可能性はゼロになる。うん、そうだ。そうしよう。気が進まないことは先送り。それは僕が17年の短い人生の中で掴んだ、情けない処世術だ。
 しかし、その処世術を実行しようとしたその矢先、僕は後ろから肩を叩かれた。え? 何?

「おはよう」

 にっこりと微笑むその顔もやっぱり綺麗だった。

「ほ……方月さん!?」

 校門をくぐる前にエンカウントする可能性は考えていなかった。僕の背筋は硬直する。

「どうしたの? 早くしないと校門しまっちゃうよ?」
「は、はい……」

 しかたなく角は右折する。どういうつもりかわからないけど、方月さんは僕の横に並んで歩いていた。けど何も言わない。昨日のことをネタにしてからかってくれるならまだ救いがある。けど無言のままだと真意が見えず、どうすることも出来ない……。

「あ、あのさ……いい天気だね」

 苦し紛れのクソみたいな話題。私は面白い話が出来ません、と告白しているようなものだ。

「きょ、今日の学食ってメニューなんだっけ? 僕、唐揚げ定食が好きだからアレがいいなー……なんて……」

 自分でも驚くほどクソ話題しか出てこない。ギャグセンスの無さは昨日で十分露見しているのに、これ以上醜態さらすなよ……。

「……食べたよ」
「え?」

 食べた? 何を? 唐揚げ定食??

「昨日言われた通り……深夜2時にカップ麺食べた……」

 ぶっ!? え? 何? 嘘でしょ? からかってます?

「へ、へー。そうなんだ……どうだった?」
「…………」

 無言。そして足が止まる。なんなんだこの人は?

「えっと、方月さん? 早くしないと門が……」
「最高だった!」
「え?」

 僕の目を、真っ直ぐと貫いてくる黒い瞳。それはらんらんと輝いていた。昨日見たような涙をためた悲しさと絶望が含まれた輝きじゃない。歓喜と興奮に満ちた光だ。

「あんなに美味しいものがこの世にあるのかっていうくらい……あれはそう、罪。罪の味がした!」
「は、はぁ……」

 またしても大げさな言い回し……けど、喜んでくれたなら何より……。

「昼休み、生徒会室に来て!」
「へ? 昼休み?」

 生徒会の仕事は基本的に放課後行われる事になっていたはずだ。

「 私、感想を語りたいの! だから付き合って、待ってるから!」
 昼休み、僕は学食の入り口に書かれている「本日の日替わり:唐揚げ定食」の文字を横目に、購買部で昼食を買って生徒会室へと向かった。

「遅いよ! 滝藤くん!」

 方月さんはすでに来ていて、お弁当を広げていた。小さな弁当箱には、自分で作ったと思われるおかずが詰め込まれていた。茶色一色になりがちな高校生の弁当。彼女のものは緑赤黄色と色鮮やかで見た目にも美味しそうだった。完璧超人は料理も完璧みたいだ。

「滝藤くん、お昼はそれだけ?」
「え? うん」

 僕が小脇に抱えていた昼ごはんを机の上に並べてると、方月さんは聞いてきた。買ってきたのは、焼きそばパンとコロッケサンド、それにスポーツドリンク。学食が満席のときの僕の定番メニューだった。

「だめだよ、野菜もとらないと。それにスポーツドリンクは糖も塩分も多いからお昼はお茶とかの方が……」
「…………」

 何だそれは? どーゆーギャグだ?

「どうしたの?」
「う、うん。あえてツッコむよ? 深夜にカップ麺食べたことを話したい人が言うセリフ、それ?」

 ネタでやってるんだとしたら、昨日の僕よりセンスあるかもしれない。けど、方月さんは至って真面目に言っているようだった。

「だからこそよ。普段、しっかりとした食生活を送れば送るほど、あの味は特別なのものになる。私はそう思ったの」

 そう語る彼女の眼は、ムダに真っ直ぐでその奥を覗き込むと吸い込まれそうな感覚に陥った。

「昨日、滝藤くんに提案されたときは、正直よくわからなかった。なんでそんな夜中に、そんな身体に悪そうなもの食べなきゃいけないんだって。でも……」

 方月さんは天を仰ぐように視線を上にやり……そしてふるふると震えながら恍惚の表情を浮かべた。

「自分が悪い事をしているという感覚と、口の中に広がるラードと化学調味料の味。肌荒れや体重への心配……そういうのが一体となって、気がついたら夢中で食べていたの。初めての体験だった……!」

 僕が週イチ……いや週に2~3回はやってる夜食の習慣。そんな当たり前の経験に、方月さんは心の底から感激している様子だった。

 聞けば、そんな些細なことに彼女は涙ぐましい努力をしていたらしい。まず方月家には常備のカップ麺など存在しないそうだ。非常袋の中に幾つかあって、賞味期限が近づいて入れ替えるときにのみ食べることが出来るらしい。だから学校帰りにわざわざコンビニで一つだけ買って帰ったという。
 さらに方月家では、驚くべきことにダイニング以外でものを食べる習慣も、夜9時以降に食事をするという発想もないそうだ。だから彼女は、買ってきたカップ麺をそっとカバンの奥へ忍ばせて、自分の部屋へ持ち込むとクローゼットへと隠した。
 たったそれだけの行為でも、両親に見つかって怒られたらどうしよう、と気が気でなかったという。育ちが良いとは聞いていたけど、方月家は思った以上にちゃんとしている家庭らしい。
 そして問題はお湯だ。深夜にそっと台所へ言ってお湯を沸かすわけにもいかない。だから彼女は「少し遅くまで勉強するから」という理由を付けて、ティーバッグ数個とマグカップ、そして電気ケトルを寝る前にママから借りた。もちろんティーバッグとカップはブラフだ。

「それらをクリアして、ようやく! ようやく食べることが出来たの!!」
「ははは……。それはまた……大変だったね」

 未知の文化に触れる探検家のような思いで、彼女の話を聞いていた。僕が当たり前にやってることが、壮大な大冒険になる人がいるとは……それもこんなすぐ近くに。そりゃあ、ただのカップ麺だって格別に美味くなるわけだよ。

「アレなの。まさしくアレこそ。私が求めていた"堕落"そのものなの! ありがとう滝藤くん!!」
「なんというか、お役に立てて光栄だよ……」

 そんなんでいいのか? もともと青春がしたい、異性と素敵な関係を持ちたい。そんな話じゃなかったっけ? 僕のテキトーな言葉のせいで、願望がダウンサイジングしたとしたら、ちょっと申し訳ない。けど、彼女はとても楽しそうだった。

「それでさ、滝藤くん……。ここから先は、お願いなんだけど……いや、無理にとは言わないんだけど……」

 急に方月さんの言葉の歯切れが悪くなる。まっすぐと僕を見据えていたはずの瞳が、急に泳ぎ始めた。

「その……私を弟子に……してくれない?」
「は? 弟子?」
「うん。ほら! 滝藤くん言ってたでしょ、僕もそれなりに堕落してるって。だから色々教えてほしいの……」
「…………」

 そういうつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ……。
 とはいえ、彼女が求めるような"堕落"を、色々教えてあげられそうなのは事実だった。最初に言っていたような、異性との繋がりについてならば、僕は絶望的に知見がない。でも、日々の生活をだらしなく生きることに関してならば、いくらでも助言できる。はなはだ不本意ではあるけど……。

「わかったよ。協力する」
「ほんと? 嬉しい! ありがとう!!」


 かくして、生徒会長と僕だけが所属する非公式部活動「堕落部」が発足した。活動内容は至ってシンプルで「週に一回、だらしなく生きる」とういうものだ。

 週に一回というのは僕の発案だ。「だらしなく」というのは歯止めが効かない。どんな完璧超人でも、だらしなく生きることが習慣化したら転落は目に見えている。僕は方月さんがそうなる様を見たくないし、責任を負う勇気もなかった。

「わかった。じゃあ"堕落"は毎週水曜日だけということで」

 方月さんもそれに同意する。今日が火曜日だから、最初の活動日は明日ということになる。

「なにか準備することはある? 何でも言って!」

 "堕落"のために準備をするというのも変な話だけど、方月さんらしい言葉だなと思った。

「うん、そうだなぁ……大丈夫、全部僕がやるよ」

 全然誇らしいことじゃないけど、こういう事ならば僕はすぐに思いつく。


 翌日の昼休み。僕は方月さんから鍵を借りて、備品室と宿直室を訪れていた。生徒会室にはこういった特別室に入れる鍵が常備されている。それは生徒会長という役目が、そして方月まひろという生徒が、先生たちから信頼されているという証拠だった。そんな立場を悪用し、僕たちは"堕落"のための準備を進める。

「こんなところかな?」

 6限の授業が終わると、僕は昼休みのうちに生徒会室に運び入れたそれを手早く組み立てた。生徒会室にあるイスを5個ずつ2列に並べる。列が向かい合うように、背もたれをはそれぞれ外側にむける。そしてそれらを縦も横も密着させると、200×80センチくらいのスペースが出来上がる。
 お次は座布団だ。宿直室の押し入れの中にたくさん入っている。文化祭の準備中、落語研究会が大喜利に使うために申請したので、この存在に気づくことが出来た。文化祭実行委員さまさまだ。そんな座布団を並べたイスの座面に敷き詰める。これで寝転んでも背中が痛くない。
 仕上げは備品室から持ってきたカーテン。これは、各クラスの窓際に使われているものの予備で結構大きい。一枚かぶせると並べたイスはすっぽりと隠れてしまった。これで完成だ。

「これは……ベッド?」

 首を傾げながらも方月さんは尋ねてきた。正解だ。見かけは悪いけど、座布団のマットとカーテンのシーツで、ベッドとしての機能は満たしているはずだ。

「そう。ちょっと寝てみてよ?」
「う、うん……?」

 方月さんは、上履きを脱いでちょこんと即席ベッドの脇に並べておいた。こういう所に彼女の育ちの良さが現れる。そして、おずおずとカーテンの上に這い上がり、ゆっくりと身体を横たえる。

「どう?」
「うん……思ったより寝心地はいいみたい。安定もしてる」

 そこは抜かりなかった。ただ椅子を並べただけだといつ崩れるかわからない。だから10本の脚をそれぞれダクトテープでぐるぐる巻きにして固定していた。このテープは文化祭で使用したものの余りだ。

「そっか、お昼寝。学校でお昼寝なんて確かに"堕落"っぽいね!」

 方月さんは嬉しそうだ。でも、今度は不正解。

「ふっふっふ。甘い、甘いよ方月さん。お楽しみはこれからさ!」

 僕はカバンの中からポテトチップ。これは生徒会室に来る前に購買部で買ってきたものだ。それらを開封して、方月さんの枕元に置く。

「どうぞ」
「どうぞって……ええっ!? まさか、ここで?」

 方月さんは跳ねるように、上半身を起こす。寝そべってお菓子を食べるなんて発想が、彼女の頭の中にはまったくなかったらしい。

「仰向けよりも、うつ伏せのほうがいいかな?」
「こ、こう?」

 彼女はぐるりと体を捻る。ちょどめの前にポテトチップの開封口がくる。

「あ……」

 そこから漂うバター醤油の香りが鼻腔をくすぐったのか、彼女の顔に恍惚の色が交じる。昨日、深夜ラーメンの感想を語ってくれたときの顔だ。更に僕は、もう一個の椅子を彼女の頭の上に置き、そこに更に2つのアイテムを用意する。

「シーツの上だと安定しないから、こっちに置いておくよ」

 そう言いながら、コーラの蓋をひねる。ぷしゅっという音が生徒会室に響く。

「そしてもう一つはこれ! 読んだことある?」
「週刊少年ホップス……聞いたことはあるけど……」

 少年漫画雑誌の絶対王者すらも、彼女にとっては「名前くらいは知ってる」程度なのか。これは相当な箱入りぶりだ。

「ベッドの上の、ポテチ、コーラ、ホップス。これはもう三種神器と言ってもいいと思うよ?」
「そうなんだ……でも、食べかすがシーツの上とかページの隙間とかに入ったら大変そう」
「堕落者はそんな考えないの! さぁさぁ、食べてみてよ!」
「う、うん……」

 彼女はそっとポテトチップの袋に手を伸ばし始めた。
「部活なんだから、活動記録は付けなきゃでしょ?」

 木曜日。そう言って方月さんは僕にルーズリーフを一枚手渡してきた。真面目か。
 寝転んでポテチを食べること、コーラを飲むことへの罪悪感。それらが案外難しいという発見。そもそも制服のまま寝転ぶことに対して最初に覚えた抵抗。そしてそれらを全部ひっくるめても代えがたい、"堕落"という蜜の味……そういうことがB5サイズの紙片に手書きで丁寧に綴られていた。
 中でも、初めて読む週刊少年ホップスの世界は衝撃的だったようで、その項目が最も文字数が多かった。男の子向けのマンガなんてみんな殴り合ってばかりで女の子はパンツを見せてばっか、そんな偏見が彼女の中にあったらしい。
 しかし、キャラクターたちが悩み、考え、苦悩しているさまに衝撃を受け、それでも拳を握る主人公の勇敢さや、自分の意志を貫き通そうとするヒロインの強さに心を打たれたらしい。
 すごい。漠然と「つえー、すげー」とかいってる僕なんかよりもしっかりとマンガを楽しんでるじゃないか。けどやっぱり"堕落"と呼ぶには真面目すぎてなんだか笑ってしまう。
 特に新連載には強く心を惹かれたようだ。他の連載はどうしても前提知識が必要になってしまうから、感激はしてもその一話で深く入り込むことは難しかったらしい。その点、新連載はすべてが方月さんと同じラインでスタートするから一番、感情を入れ込むことが出来たそうだ。それにしても、漫画雑誌一冊でこんなに喜んでもらえるとは……。堕落部の活動日は水曜と決めたけど、ホップスの発売日に合わせて月曜日に替えたほうがいいのかな?

「ダメだよ。一度決めたことをそんなすぐに変えるなんて。それに週の頭から"堕落"ってのも良くないと思う」

 方月さんはそう言って首を横に振った。やっぱ真面目か。


 そんなわけで、毎週水曜日の"堕落"の習慣が始まった。
 即席ベッドはすぐにバラせるように、テープの固定方法を工夫し、座布団とカーテンは資料棚の空の部分に隠しておくようにした。ホップスだけじゃない。僕は家にあるマンガやライトノベルを週に一冊、持ってくることにした。
 それに使ってないタブレットも。僕のスマホでテザリングして、映画やアニメ鑑賞をするためだ。サブスクで彼女が好きそうな作品を僕があらかじめピックアップしておく。以外なことに方月さんは、昔のハリウッド映画が好きだった。まだCGもない頃のSFやアクション映画、SFXを駆使して観るものを圧倒する娯楽大作たちだ。
 もちろんコーラとポテチは欠かせない。その時は簡易ベッドはイスの並び方と個数を変えて、簡易ソファにする。
 "堕落グッズ"はすべて資料棚に隠した。空だった棚のスペースが少しずつ埋まっていく。幸いその棚は鍵付きだったので、方月さんは毎回、活動が終わるたびに施錠した。翌日木曜日は生徒会の定例会がある、その時に生徒会室の不正使用がバレないように、入念に痕跡を消してから帰る。その証拠隠滅行為も、僕らの背徳感を刺激した。

 ああ、断っておくけど色っぽい発展は全くしていない。彼女は簡易ベッドに、僕は残ったイスを並べただけのものに、ぐたーっと寝転んでマンガを読むだけだ。ボディタッチはほとんどしていない、唯一触れ合うことがあるとすれば、同時にポテチの袋に手を伸ばしたときくらいだろう。それで良かった。この完璧少女にとっての特別な存在になれるなんて期待してなかったし、僕ごときが分不相応な夢をもてるような人間じゃないことも理解している。僕は、彼女にとっての息抜きの時間を提供できればそれで良かった。


 10月いっぱいで僕の文化祭実行委員の任期は終わった。それでも毎週水曜日は生徒会室に通い続けた。そして11月もあっという間に過ぎ、方月さんの活動記録をまとめたファイルも少しずつ厚みをましていき……期末試験の季節がやってきた。

「今日は流石に、活動はなし……だよね?」
「うん、来週から試験だし勉強しないと……」
「滝藤くんって、成績はどのくらいなの?」
「うーん、中の中だな」

 全教科、平均点のプラマイ10点以内。それが僕の成績だ。誰かに一目置かれるほど良くもないかわりに、補講を受けたこともない。まさに僕らしい点数。そもそも試験勉強を本気でやりきった記憶もなく、だいたい最後の方はなぁなぁで終わってしまう。それで平均点なんだから、大したものだと自分では考えていた。

「そうだ! 活動休みの代わりに、一緒に勉強しない?」
「え? 学年一位の方月さんと?」
「そう! わからない所あったら教えてあげるよ。いつものお返しにね!」
「じゃあ、このくらいにしよっか?あまり同じことを続けるのも逆効果だし」

 方月さんは勉強を教えることに関しても一流だった。僕にとっては(というより殆どの高校生にとっては、だと思う)異国の言葉にしか聞こえない古文の文章が、初めてちゃんと理解できた気がする。
 彼女の教え方は明快だ。多分、うちの国語教師連中よりもわかりやすい。要点をまとめて、何が大事かを丁寧に説明した上で、問題を出される。それを反復するだけだ。余計な脱線や端折りはない。不可解なひらがなと漢字の羅列でしかなかった平家物語が、その反復を繰り返すうちに、血の通った英雄戦記へと姿を変えていった。

「ありがとう、滝藤くん」
「なんで? お礼を言わなきゃいけないのは僕の方だよ。めちゃくちゃわかりやすかった!」
「ううん、これは私のためでもあるんだ。人に教えるのって、自分の理解度も増すから」

 僕たちは、学校から3駅離れた場所にあるファミレスで教科書やノートを広げていた。方月さんは学校の自習室を使おうとしたみたいだけど、僕のような奴があの方月まひろに勉強を教えてもらう姿を晒すのは色々マズイ気がして、遠くの店を提案したのだ。
 店内には別の高校の生徒達が、やはり試験勉強のために来ていた。箱入り娘の方月さんは、放課後のこの時間帯にファミレスに来たことなんて無いらしい。
 というか「レストラン=食事をしに行く場所」という図式が頭の中にできあがっていたらしく、僕がファミレスで勉強しようと提案したとき、明らかに顔が「?」マークで埋め尽くされていた。

「まさかファミレスにこんな使い方があるなんて……」
「ランチタイムや夕飯時は禁止しているとこもあるけどね。けど、この時期のこの時間帯は、日本中のファミレスがこんな感じだと思うよ?」

 そう言いながら僕は席に備え付けられている、タッチパネル式のメニューを手にとった。

「滝藤くん?」
「とはいえ、2時間もいてドリンクバーだけじゃ流石にお店に悪いしね。せっかくだし何か食べてこうよ」

 人差し指でタップして、メニューを呼び出す。

「方月さんは何食べる? そういえば好きな食べ物ってあるの?」
「えっとそれじゃあ……グリーンサラダ」

 横から、方月さんの人差し指が伸びる。グリーンサラダ ¥320(税抜) 54kcal。

「え、それだけ?」
「それだけ? あー……それじゃあオニオンスープもいいかな?」

 オニオンスープ \280 62kcal

「…………」

 僕は無言で彼女の希望を却下し、画面をスクロールさせた。このチェーン店は何度も来ているから、メニューのどの位置に何があるかはすぐに分かる。

 山盛りフライドポテト \480 720kcal
 メープルパンケーキ \420 480kcal
 250gイタリアンチーズハンバーグ \860 980kcal
 
「ちょ、ちょっと滝藤くん!?」

 ハイスピードでメニューをタップしていく僕を見て、方月さんは動揺する。

「今日は部活休みといったけど、気が変わった。校外活動しよう」
「校外活動って」
「僕は知ってるよ? 方月さんが実はジャンクフードが大好きだってことを。そんな上品なメニューばっかじゃ満足できないでしょ?」
「そ、それは……」

 方月さん目が泳いだ。こころなしか、頬や耳の先が紅くなってる気もする。

「大丈夫、うちの生徒はここには来ないって。だから、生徒会長のイメージは保たれるよ」
「う、うん……でも、こんなにたくさん?」

 たくさん……かなぁ? 高校生2人ならこのくらい……ああ、そういうことか。

「安心してよ。もちろんシェアするつもりだから」
「シェ、シェア……? ああ、とり分けるってこと?」

 やっぱり。彼女には、頼んだメニューをシェアするという発想もなかったらしい。ならばなおの事だ。彼女にはこのファミレスで最高の"堕落"を味わってもらおう。

「うん、ちょっと取り皿持ってくるよ。それとドリンクのおかわりも」

 そう言って僕は席を立つ。


「おまたせ」

 2分後。僕は取り皿2枚とグラスをひとつ持って戻ってきた。

「これ、飲んでみて」
「え? 私のなのこれ?」

 方月さんはためらいがちにグラスを受け取った。

「……なにこれ?」

 ストローに口をつけ、少しすすった後、彼女は目を丸くして口元を抑えた。

「美味しい……けど、こんな飲み物あった?」
「昔、僕が編み出したオリジナルブレンド」

 ドリンクバーのブレンドは、中高生なら誰でも一度はやった事ある遊びだろう。案の定、彼女は未経験みたいだけど……。
 中学時代、僕は究極のブレンドを編み出していた。オレンジジュースにアイスティーとジンジャエール、そして少量の水道水を混ぜる。この水道水というのがポイントだ。ほんの少し入れるだけでのどごしが格段に良くなる。

「すごい! すごいよ滝藤くん! 天才かも……!!」

 彼女のもつグラスはみるみるうちに透明になっていき、あっという間にストローがズコッと音を立てた。どうやら期待以上に喜んでくれたようだ。
「あれ? テキトーじゃん?」

 僕が方月さんのために、オリジナルブレンドその2を作ってる最中、横から声をかけられた。え? その呼び方って……

「何してんのこんな所で」
「お前の高校この辺じゃね―だろ?」

 同年代の私服姿たち。このあたりで私服校といったら一箇所しかない。みんな知ってる顔だった。

「あ、ああ……久しぶり……」

 僕は顔を伏せてそそくさとドリンクバーコーナーから離脱する。


「おまたせ」
「滝藤くん? どうしたの?」
「え、何が?」
「ううん、なんか様子が……」
「うわっ!? テキトー野郎のくせして可愛い子連れてんじゃん!」

 大きめの声が、方月さんの言葉をかき消す。ああ……。

「知り合い?」

 方月さんが小声で僕に尋ねてくる。アイツはそれを聞き逃さない。

「そうそう! 俺たち地元同じでさ。一緒の塾通ってた仲なの! よろしく!!」
「その制服……君テキトーと同じ高校の子かぁ」
「めっちゃかわいくね? なんでこんなテキトー野郎と一緒にいんの?」

 失態だ。なんでこの店選んだんだ……? 学校から離れたファミレスと言ってとっさに出てきたのがここだった。なんでここが思い浮かんだのか考えもしなかった。そうだ、僕はこいつらと一緒にこの店に入ったんだ。三年前の、志望校見学会の時に……。

「ねえねえ」

 一人が方月さんに顔を近づける。やめろ。

「もうさ、ヤっちゃったのコイツと」

 目の前が暗くなる。首より上から血の気が引いていくのが自分でもわかった。

「出よう、方月さん」

 僕は方月さんに促す。

「うはっ『ホウツキさん』って、ソレ名字呼び? まだ付き合ってるわけじゃないんだ?」
「はいはーい! じゃあオレ、彼氏に立候補しまーす!」

 一挙手一投足を見逃さず、僕の全てに絡んでやる、そんな魂胆が見え見えだった。

「…………」

 方月さんも黙って席を立つ。僕は伝票を掴み、奴らを押しのけるようにしてレジへと向かった。

「あれ? もう行っちゃうの?」
「ホウツキちゃーん、ラインこうかんしよーよ!」

 背後から執拗に絡みついてくる声。やめろ。この人にそんな言葉かけるんじゃない……!!

「オイ、テキトー!!」

 その中の一つは、異常なまでにトゲついた。低い声だった。

「お前、情けなくねーのかよ? 女の前でこんだけ言われてよ!? ほんとどうしようもねえテキトー野郎だな?」

 …………僕はそんな声も無視して、テーブルを後にした。方月さんも後に続く。けど、その顔を見ることは出来なかった。
「ごめん! 本当にごめん!!」

 駅のホームで、ようやく僕は彼女と向き合うことが出来た。そして精一杯頭を下げる。

「ちょっ……やめてよこんな所で!」
「でも……」
「滝藤くんが悪いわけじゃないでしょ? あの人達ちょっとおかしいよ! ほら、もう電車来るから、頭上げて」
「…………」

 情けなかった。この人の目の前でいじられる自分が。何も言い返さない自分が。あんな事は慣れっこだったし、これから先も似たようなことは続くと思っていた。だから、気にする気持ちなんてとっくに失せていたはずなのに……ただただ、自分が情けなかった。

『二番線に 電車が 参ります 危ないですから 黄色い点字ブロックまで おさがりください』

 日本語のアナウンスがホームに響く。続いてそれを翻訳した流暢な英語が流れ、最後に轟音とともに電車が滑り込んできた。


「……あいつら」

 ふたり並んでシートに座る。反対側の窓の外を流れていく景色をぼんやりと見ながら、僕は話し始めた。

「中学の時行ってた塾で同じだったんだ。うちの塾、集団授業だったんだ。だからあいつらとは3年間、何かと模試や小テストの点数で比べられてさ……」

 性格はクソみたいな連中だけど、アタマの出来は僕なんかよりもよかった。授業を理解できてるかはテストの点数が雄弁に語ってくれる。僕はいつだってあいつらより10~20点は下。だから僕は、格好のイジり対象だった。

「あいつら私服だったろ? あの辺りにある私大の附属校に行ったんだよ。僕も志望したけど……僕だけ受からなかった」

 何も文化祭のマッチングパーティーからじゃないんだ。僕だけがあぶれる。それはずっと昔から、僕にとってはあたり前のことだった。

「あの人達、滝藤くんのことをひどい呼び方してたよね?」
「ああ、テキトー野郎ってやつ? 仕方ないよ。僕はそれなりに一生懸命やってたつもりだったけど、あいつらには適当にやってるから結果が出ないと思ってたんだ。それで、名字の滝藤(たきとう)をもじってテキトーって」
「そんな……」
「笑えるでしょ? しかも名前の一途(かずと)は『いちず』って読むじゃん? テキトーイチズって、フルネームで矛盾起こしてる。それもよくイジられてさ、はははっ」

 本当に自分が嫌になる。なんで僕はここで笑うんだ? 自分自身の事だろ? それとも、この人に笑ってほしいのか? テキトーやろうってイジってほしいのか?どんだけギャグセンス死んでるんだお前……?

「最低……笑えるわけないじゃん!」

 自嘲する僕の口元が凍りついた。

「私に言わせれば……滝藤くん全然適当なんかじゃないよ? むしろ……結構、頭いいと思う。もしかしたら私よりも……」

 は? 何を言い出すの?

「さっき、古文を教えてて思ったんだ。この人、飲み込みが凄く早いって。多分、本気で勉強したら、すぐに学年トップクラスになるって」
「何を言い出すかと思えば……うん、でもなぐさめでも嬉しいよ。正真正銘の学年トップクラスに、そんな事言われるなんて思ってもみなかった」
「そんな! なぐさめなんかじゃ……」
「真面目に勉強したら? 僕がそれ出来ると思う?」

 しまった、と思った。声がささくれだっている。少し苛ついたような言葉が出てしまった。けど……もう止まらない。

「僕は堕落部の部長だよ? 方月さんも知っての通り、だらしなく生きることが取り柄みたいな奴さ。そんなのが、学年トップになれると思う?」

 ダメだ。方月さんに向かってこんな事言うなんて絶対に駄目だ。けど、けど、何かに操られたように舌が勝手に回る。

「滝藤くん、やめて」
「完璧超人の方月さんにはわかりっこないさ。テキトー野郎の気持ちなんて……」
「やめてよ!」

 大きく、苦しそうな苛立ちの声。車内の人たちの視線が一斉に僕たちに注がれた。

「……やめて。確かに、滝藤くんは私の"堕落"の師匠だけど……そんな堕ち方は嫌だよ。自分を卑下して感傷に浸るなんて……そんなの遊びでもなんでもない、本当の堕落じゃない!」
「……………」

 何も言えない。沈黙が続くことで、周囲の視線も興味を失い、またすぐにいつもの夕方の車内に戻った。

『……お出口は 左側です』

 車内アナウンスを聞いて、方月さんは立ち上がった。

「じゃあ私……ここで降りるから……」

 それだけ言うと、彼女はドアの方へと歩いていった。
 そのまま年を越してしまった。期末試験が終わって試験休みに入ると、自然と毎週水曜日の秘密の時間もなくなり……あの日の校外活動を最後に堕落部の活動はなくなってしまった。一応、彼女と連絡先は交換していたが、メッセージもスタンプひとつすらも送ることが出来なかった。つくづく、自分のヘタレ具合が嫌になる。
 そして二学期が終わった。メリクリメッセージやあけおめメッセージを送ろうかとも考えた。けどこのギクシャクは、100パーセント僕が悪かったし、そんな軽いノリで連絡するなんて出来やしなかった。
 副会長の池上なら造作もなくそういう事ができるのだろうけど、僕のキャラでは不可能だ。

 冬休みの間僕はずっと悶々とし続け、ついに三学期の始業日を迎えた。僕は重い足を引きずるようにして、校門までの道を歩いていた。例の交差点が近づく。ここを右に曲がれば学校だ。
 と、その時。僕は後ろから肩を叩かれた。え? このパターンって……?

「おはよう」

 にっこりと微笑むその顔は、やっぱり綺麗だった。

「方月さん」
「久しぶりだね」
「う、うん……」

 彼女は当たり前のように僕に接してくる、去年の試験前のことなど、なかったかのように……。

「行こう? 早くしないと門がしまっちゃう」

 二人は横に並んで歩道を歩き始めた。

「休み中は何してた?」
「別に。特に何も……」
「そうなんだ……私はさ、ちゃんと活動してたよ?」
「え?」

 活動って……もしかして。

「毎週水曜日は"堕落"するって決めたから。深夜ラーメン、またやっちゃった!」

 方月さんの声は誇らしげだった。

「ははっ……そうだったんだ」
「でもさ、やっぱりなんか違うんだよね。確かにスリルはあったよ? あったけど、それだけっていうか……師匠に色々教えてもらってたときの方が楽しかったんだよね」

 そう言って、方月さんは恥ずかしそうに頬を掻く仕草をした。

「というわけで、今年も堕落部の活動、よろしくお願いします」

 彼女はペコリと頭を下げる。

「えっと……それって……また、生徒会室行ってもいいの?」
「何言ってるの? 当たり前でしょ?」

 あっけらかんと答える。本当に何でもないかのようだった。悩んでいたのは僕だけ……だったのか?

「どうしたの? もしかして、嫌かな?」
「うっ! ううん! 全然。全然嫌じゃない!!」

 僕は慌てて、首と手を降って否定の意思を表した。

「そっかぁ、よかった」

 方月さんは安堵のため息をつく。その表情を見て、心臓が一際強く脈打ったような感覚があった。

「それじゃあ、明後日から早速お願いします。ちょっとさ、相談に乗ってほしいこともあるし……」
「相談?」

 僕の頭の中に疑問符が浮かんだ。