「アイスマンが、県大会優勝くらいはしてもらわないと……、とか言って」
「気軽に言うわよね。それがどれだけ大変なことか」
「そうなんだよ。でも、確かに実力者が揃っている割にいい成績にならないのは、俺の責任だとは思う」
「そんなことない。蓮のせいよ」
私はきっぱりと言った。
蓮、こと、日比谷蓮は、日比谷、と言う名前からわかる通り、この日比谷学園の大元である日比谷グループ会長の孫であり、みんなからも一目置かれている存在だ。
そんな蓮は、同じクラスのクラスメイトで、同じバスケ部に所属している。189cmと高身長で中学時代は全国大会優勝経験者。その高身長とテクニックを活かし、1年生ながら、フォワードとポイントガードというポジションになった。練習に蓮が登場すると、女子の歓声がうるさいくらい。
なのにその蓮は、やる気が全くない。それは部活に対してだけではない。物事全般に対してだ。さらに、いつも飄々としていて、軽くやればなんでもできて、私はそれが嫌だった。
お金持ちで、何でもできて、何でも持ってる。お金も才能も身長も全部全部持ってる。
私は身長が155cmしかなく、バスケ選手としては致命的で(まぁ才能もなかったんだけど)、お金もないし、バスケを続けることはできなかった。だから全部持ってる彼が何にもやる気を見せない姿を見ているとやけにイラつくのだ。
さらに、道端で目撃してしまったのだが、練習をさぼった日、きれいな女の人と歩いていた。きっと彼女だろう。本当に最低な男の子だ。
それを街中で見かけた時は、正直、腹が立つのも通り越して呆れた。
なのに時々ふらりとバスケ部に現れては、非常に楽しそうにバスケの練習をしていく。
正直、蓮の力なんて借りたくない。そもそも、蓮がなんとなくクラブ内の士気を落としているように思うし、どっちつかずのこの状況が一番悪いと思う。だから、やめるならきちんとやめてほしい。
そう思って、私が兄をじっと見ると、兄は、わかっている、と一言言った。
きっと兄も同じ気持ちだったのだろう。そうよね。いくら、日比谷がグループの孫息子だって関係ないわよね。バスケ部が一番よね。お兄ちゃんは教師としてビシリと言ってやるべきよ。
珍しくキリっとした表情を浮かべた兄の横顔を、私は頼もしく思いながら見つめていた。