「36度3分……平熱ね」
「うぅ……学校行きたくない」

 ぐずぐずと泣く兄に、ワイシャツとネクタイを放り投げ、とにかく着替えなさい、と言いつける。まだグズグズ泣いている兄を見て、またため息を一つ。

(まぁ、これまでも喜んで教師やってるって感じではなかったけど……)

 今日は特にひどい。このバカ兄はまさか、いじめにでもあっているのだろうか。
 教師間のいじめもあるとは聞く。この頼りない兄のことだ。いじめられていても、納得はできる……。

 しかし……。と、教師の顔、一人一人を思い浮かべる。
 生徒として、だが、そんなことをしそうな人間はいない。


 いや、いじめではないが、兄が登校拒否を起こすほど嫌がる人間がもしいるとすれば……アイスマン、こと、校長の会津孝之だ。


 私立日比谷学園の経営母体は、日比谷グループという様々な事業を手掛ける大きな会社で、なぜかこの日比谷学園を設立した。珍しく『経営』や『経済』に関する授業もあり、大学への推薦枠も多く、進学率も高いため、お金持ちの子弟が多く入学していて、寄付額も多い。そのせいか、学校内の施設は十分すぎるほど豪華だ。

 経営手腕を教師教育にも取り入れ、教師も評価制で、評価の悪いものは、基本給やボーナスにも大きく響く。

 そして校長の会津という男の人は、教員ではなく、経営者でもあり評価者でもあるのだ。

 その冷たい声と目と態度のせいで、私たち兄妹の中ではアイスマンと呼ばれているが、校長と言う割に30代と比較的若いこともあって一部の女子生徒にやけに人気がある。あの冷酷な目がたまらないのだそうだ。

 私も兄が教師でなければ、まぁ、かっこいいだろうくらいはきっと思っていた。
 しかし、兄へのアイスマンの態度は冷たく氷のようであり、なぜかその妹でもある私にも、冷たい凍るような目を向けることがあったので、私は兄同様にアイスマンが苦手になった。