私はその日、家に帰ってから、震えながら兄に、
「……ど、どうしよう。あれ本気で勝つ気だよ」
と言う。

「あ、あぁ……」
「どうするのお兄ちゃん!」

 私は兄の両腕をもってガクガクとゆする。
 兄はキリっとした顔になると、

「いざとなったら逃げろ」

ときっぱりと言う。

「はぁ⁉」
「地の果てまで逃げるんだ。どっちみち約束は一日。優勝した日の一日だ。だったら、その日、逃げ切ればいい」

 兄はまじめに言う。

「……ズル過ぎる」
「大人と言うのは、そういうものだ。覚えておけ」

 これだけ狡いことを堂々と言える大人って……。

 今日はやけに凛々しい兄の顔を、私はなんだか残念なものを見るような目で眺めていた。