「でもできればさ、ひより」
蓮の声が低くなって思わず蓮を見上げる。すると蓮はまっすぐ真剣な目でこちらをみていた。
「『信頼できる唯一の人』がお兄ちゃんだけっていうの……変えたい。できれば、僕も信頼してくれないかな」
「……信頼なんて」
できるはずない。それくらい世界の違う人だ。同じ学校に通って、同じ部活だからと言って、同じ土俵に立てるはずなんてない。
「無理だよ」
「どうして」
「蓮は私とは全然違う」
「どこが?」
「蓮はいつも余裕じゃん。私はお兄ちゃんもだけど、いつもいっぱいいっぱいでさ。私と蓮は、住む世界もなにもかも違いすぎる」
私はまっすぐに蓮を見つめて言った。蓮の表情が一瞬、グニャリとゆがんだ気がした。
え、と思ってもう一度蓮を見ると、いつも通り蓮はにこりと笑って、
「ちゃんと鍵、閉めるんだよ。最近、このあたり、不審者が出るからね」
と言って、私の頭をまた二度、優しく叩いて、元来た道を帰っていった。
―――そういえば、蓮の家って反対方向だった……?
私の胸がキシリと痛む。
今までこんな痛み、感じたことがない。
ふいに自分の頭に手を伸ばした。先ほど、蓮が触れた場所はもうその温かみを持っていなかった。でも私は無意識にそこをなでる。先ほどの感触を忘れないように。思い出すように……。