「大丈夫か? 一緒に帰ろう」
「もう帰れるの? いっつももっと遅くまでいろいろ仕事やってるじゃん」
「あぁ。今日は帰る。日比谷、ありがと。日比谷も今日は疲れただろ。ゆっくり休めよ」
「はい」

 そう言って、蓮は、先に保健室を出た。

 私は先ほど渡されたスコア表をパラパラとめくる。
 そこには、今まで見たことのない練習メニューと練習量が綴られていた。

「え……これ、今日ほんとにやったの?」
「あぁ。あいつ、なんていうか鬼気迫る、みたいな感じで練習しててさ。今まで全然そんなことなかっただろ。だからかな。それ見て、他のみんなもやる気になってきて」
「……私をダシにしてまで戻したんだもんね」

 私は思わず恨み言を漏らす。
 兄は困ったように頭を掻いた。と思ったら、突然、ガバっと頭を下げた。

「おかげでクビは免れそうだ! 助かった! 妹よ!」
「……でもさ、私はどうされてもいいとか、ひどくない?」
「ほ、ほら! 日比谷とは、『優勝したら』ッて条件だ。そもそも、俺の目的はそこじゃなくて『クビにならないこと』。交渉の相手はアイスマン。正直、同じ県に、全国ベスト8の江戸南がいるからよくても準優勝だろう。そこは、アイスマンと交渉して準優勝でもいいことにしてもらった。準優勝なら夢じゃない」

 そう言われて、そうか、と私もやけに納得してしまった。

「バカ兄にしては、考えてんのね……」
「さすがのお兄ちゃんも、かわいい妹の身を差し出したりしないよ」

 兄はにこりと笑った。
 うん、そうだよね。でも、なんだか不安だ。

 そんなことを思いながらも頷いた。