「なんで私がこんな目に遭うんだ……!」

 私は何度も短い息を吐きながら、化学室に入ってすぐのドアの前に座り込んでいた。
 窓の外には、中庭にある大きな時計台が見える。時刻は17時。紫がかった空の色はとてもきれいで、こんな状況でなければ『うわぁ、きれい!』と無邪気にはしゃいでいたことだろう。

 しかしながら、今はその時ではない。
 私は限界まで体を小さくして、ただ、嵐が過ぎ去るのを待った。

「ひよりー?」

と聞きなれた声が遠くからする。
 私は、ひっ、と声を出しそうになる口を自分の両手で抑えて、身体をガタガタ震わせていた。チワワもびっくりの震え具合だ。

 足音が遠ざかって、私はほっと息を吐く。
 あぁよかった。アイツがいた方とは反対側の階段から逃げ帰ってしまえば、『今日』という最悪な日は終わる。

 静かになったのを確認して、私はそっと扉を開けて顔をひょっこりと出す。
右、左、よし。誰もいない。

 スカートの裾の埃を払って立ち上がると同時に、右腕が掴まれた。
 心臓がバクン、と音を立てた瞬間、その無駄に長身でガタイのいい身体に吸い込まれるように、背後から抱きしめられる。

「つかまえた」

 その楽し気な蓮の声とは裏腹に、私は人生のどん底にいるような気持ちに陥っていた。