「ようやく会えた!僕の女王様!」

 片膝をついて片手を私に伸ばした、俗に言う王子様ポーズの成島先輩が恍惚の表情で私を見つめていた。

「・・・・・・・じょおうさま?」

 私の耳は腐ったのだろうか。幻聴が聞こえた気がする。

「女王様・・・この上履きは僕に振り下ろされた愛の鞭。新しい世界への扉を開けてくれた天啓。感じたよ、君の愛。愚かな僕に正しい道を指示してくれた、痛みという未来への懸け橋。今日から君は僕の女王様だ」

 やばい。
 ヤバイ。
 私の語彙力と理解力が試されている。

 きっと当たり所が悪かったんだ。私はなんてことをしてしまったんだ。


「先輩、病院に行きましょう」

 責任を取らなくてはいけない。
 治療費はこの上履き代で足りないだろうからママに土下座するしかあるまい。

「大丈夫、僕は元気だよ」
「いや、絶対に大丈夫じゃない」
「運命の女王様に出会たことで少し興奮してしまってるだけさ。喜びの脳内麻薬でハイになっていてね。女王様、こんな卑しい僕をどうか踏みつけてください。むしろ縛ってくれても構わない!!」
「うわああああ・・・!」

 胸が痛い。
 失恋の傷みどころじゃないぞこれ。男を見る目がないにも程があるだろうが。
 こいつクソ野郎じゃなかった。マゾ野郎だった。

「女王様、さ、忘れ物ですよ」

 鞄から上履きをうやうやしく取り出し、私に差し出してくる。
 嫌だ、受け取りたくない。でも受け取りたい。
 そおっと腕を伸ばして指先でそっと上履きをつまみ上げる。
 ほんのりと温かいのが、ものすごく気持ち悪いです。

「ユリカ女王様」
「やめて」
「じゃあユリカ様」
「もっとやめてぇぇえ」

 熱っぽい成島先輩の視線に耐えかねて踵を返す。
 上履きは戻ってきたのだ、さっさと家に帰ろう。
 そんな私の背中に先輩の声がおいかぶさってくる。

「女王様!放置プレイですね!朝まで待ちます!」
「いや、帰って!帰ってください!」
「わかりました!」
「帰るんかい!」

 思わず上履きで成島先輩の頭に突っ込みを叩き込む。
 すぱーん!といい音が夜の住宅街に響き渡った。

「ユリカ様」

 泣いている。
 成島先輩が泣いている。
 ボロボロと大粒の涙を流す姿までかっこいい。
 でも一切ときめかないのは何故なんだ。
 私の心臓が別の意味で激しく脈打っている。これ不整脈だと思う。


「うれしいです」

 やだ、私も泣きそう。

「と、とにかく帰ってください!あと、私は女王様なんかじゃないですから!」

 叫ぶように言い切って、成島先輩を振り切るように家に駆けこむ。
 玄関のドアを閉めて鍵をかけてチェーンもかけた。パパがまだ帰ってないけど知るもんか。

「あら、あんた早かったわね」

 玄関に張り付いたままの私を訝し気にママが見ている。

「・・・うん、知り合いが上履き届けてくれたの」
「アラよかったじゃない。じゃあお金返してね」
「・・・!」

 今日は厄日だ。