すると店長は本を閉じ、おかしそうに笑った。


「読めるぞ」

「答えにくかったらいいんですが、店長ってどうして目隠ししてるんですか?」

「なぜだと思う?」

「もしかして目が三つあるとか」

「ない」

「じゃあ逆に実はそこに目がないとか」

「……」

「え、当たり?だから目隠ししても見えてるんですか?本当の目どこですか?」

「違う、お前さんの想像力の豊かさに驚いていただけだ。とは言えそんなに期待されると見せにくいな」


 店長はそう言ってまた笑う。ここで数日過ごして分かったことがある。彼はよく笑うあやかしだ。だからここには過ごしやすい空気が流れている。


「見せていただけるんですか?」

「まぁいずれ機会があれば」

「じゃあ楽しみにしています」


 今のは断り文句かなと思ったのでそれ以上の掘り下げはやめておいた。


「今日は何時までいるんだ?」

「明日は講義が午後からなので最後までいられますよ」

「そんな時間に家に帰るのは危ないだろ。もっと早く帰れ」

「……」

「何だ」

「いえ。お父さんみたいなことを言うなって」


 言ってしまってから、今かなり失礼なことを言ったのではと我に返った。だけど店長は今度は少し意地悪く笑った。


「俺はお前さんの父親よりも遥かに長く生きているがな。だが父親気取りは俺じゃなくて夜雀だ。夜雀にお前さんに危ないことをさせるなってうるさく言われてるんだよ。だからもっと早めにあがれ」

「ですが」

「いいよ、そんな時間に店主は来ないしな」


 視察を乗り切るために雇われたというのにあれから店主はまだ一度も来ていない。店長も次の視察がいつか分からないと言っていたけど。


「分かりました。じゃあ九時くらいまでにしようかな」

「もうちょっと早くてもいいんじゃないか?」

「私大学生ですよ?大丈夫です」

「まぁいいが。そういえば夜までいるのは初めてか」

「そういえばそうですね」

「良いものが見れるぞ」

「良いもの?」


 あやかしが言う良いものって何だろうか。

 それから店の掃除を始めて綺麗になった頃には日が沈みかけていた。薄暗い店内。休憩しようと座り、ちらりと店長の様子を窺った。店長はあれから本を読んだりうたた寝をしたりと自由だ。今は何か書き物をしているよう。

 もちろん今日も今日とてお客さんは来ない。今まで従業員を雇ったことはなかったと店長は言っていた。ということは彼は毎日この静かな空間に一人でいたのだ。それならさぞかし私の存在は騒がしく悪い意味で気になるだろうと思うけど、彼はそれを態度に出さない。

 そのとき私のお腹がぐぅと鳴った。聞かれた。絶対に聞かれた。だって今物凄い勢いでこっちを見られた。下手に誤魔化すと逆に恥ずかしいのでここは正直に言おう。


「す、すみません。動いたらお腹が空いて」

「なんだ。腹の虫か」


 私の言葉にホッと安堵しているようだった。それ以外の何かに聞こえたのだろうか。そんなに大きかっただろうか。恥ずかしすぎる。


「腹が減ったんなら帰るか?」


 お腹が空いたから帰るなんてどんなバイトだ。小学生でも授業中にお腹が空いたから家に帰るなんて言わないと思う。


「夜までいるつもりでお弁当持ってきているのでここで食べてもいいですか?」

「好きにしろ。いちいち俺に許可をとる必要はない」


 と、雇い様から言われたので鞄からお弁当箱を出して、掃除をして綺麗になったばかりのカウンターに広げた。するとなぜか物凄く見られて、非常に食べにくい。目隠しで視線は読みにくいはずなのにしっかりと視線を感じる。人間の食事の光景がそんなに珍しいのだろうか。


「……、店長も食べます?」

「俺はいい」

「そうですか」


 それなら見ないでほしい。そういえば店長が何か飲み食いをしているところを見たことがない。喉が渇いたりしないのだろうか。当然のことながら私はまだ全然あやかしのことを分かっていない。

 そのときだった。〝ソレ〟はどこからともなく突然現れた。私は視界にソレを捉えた瞬間お箸を持ったまま固まった。ソレはゆらりゆらりと宙に浮かびながら風もないのに揺れている。一つだったのが二つに、二つが四つに、最終的に八つになって私の方に向かってきたときようやく我に返って声を上げた。


「ひ、火の玉!店長火の玉が!!」


 お化け屋敷や肝試しでしか見かけないような青白い火の玉が私のすぐ傍を飛んでいるのだ。不気味すぎる。腕に当たりそうになって慌てて身を引くと店長はくすりと笑った。


「そんなに慌てなくても大丈夫だ。触ってもそんなに熱くない。触ってみるか?」

「け、結構です。気持ち悪いので」

「うわ、案外酷いこと言うな。そんなこと言ったら傷つくぞ」

「傷つくって誰が」

「鬼火がだよ。ほら、いじけちまっただろ」


 八つの火の玉のうちのいくつかはそれぞれ床に置いてある行灯の中にすうっと入っていき、入らなかった火の玉はどこかへ行ってしまった。鬼火が入った行灯は火を灯したように明るくなった。まさか今のが行灯の火種なのだろうか。