見慣れたはずの竹林は冬の装いに姿を変え、寒さにも耐えてしなやかに風に揺れている。狭間にも雪は降るのか。現世よりも寒くて、何度も吐く息が白くなる。
ああ、何て言おう。短くもあり長くもあったこの半年。気持ちが溢れるのにそれを伝えるための言葉が浮かばない。
どうしよう緊張してきた。こんなことなら無理を言ってでも帝についてきてもらえばよかった。
考えながら歩いているうちにいつの間にか十五夜堂に辿り着いてしまっていた。心の準備はできていないくせに体は先へ先へと逸らせる。
ああもう、なるようになる!
そして戸を開けた。
「いらっしゃいま──」
懐かしい声。店長が私を見て一瞬で固まる。
「こ、こんにちは店長。借金取りでもなければお客様でもないですよ」
笑いかけるけど店長は固まったまま動かない。ちゃんと息をしているか不安になるほど少しも動かない。
だけど私も言葉を止められなくてそのまま続けた。
「帝さんに今度は正式な見鬼の儀をしてもらったので、帝さんが生きている限りは見えなくなることはないそうです。あの、ところで相談なんですがバイトを探していて、できれば色にまつわるお仕事がいいんですけど知りませんか?」
そう伝えると店長はやっと状況を把握してきたのか、ようやく口を開いた。
「……あいにく、今うちはアルバイト募集してなくて」
「え!!」
私の驚きに店長はクスクスと笑った。
「冗談だ。優秀なバイトならぜひとも雇いたい」
その笑いに驚かせるつもりがやり返されたのだとすぐ気がついた。
「掃除全般任せてください。あと、少しは色について勉強もしているので」
「よし採用!今日から頼む!」
このやり取りが可笑しくて二人して笑っていると、頭の上に何かが落ちてきた。
「おい、わしの存在は無視か?」
「嘘!ヒヨコさんいたの!?後で会いに行こうと思ってたんだよ!」
「わしがここにいたらおかしいのか」
「そいつお前さんに見鬼が戻ってまたここに来てないかしょっちゅう確かめに来てたんだぞ」
「しょっちゅうではない!たまにだ!」
「~~っ!ヒヨコさん!!」
「かー!神を気安く撫でるなと言っただろ!」
「ごめんね今日だけは許して!さすがに愛おしすぎる」
現世の駅前通りの路地裏を抜け、小さな赤い鳥居をくぐるとそこには視界いっぱいに竹林が広がる。その竹林の奥深くにひっそりと佇んでいるお店──十五夜堂、通称色屋。
そこには様々なあやかしや人間がたまに色を買い求めにやって来る。
色を売る店長にも一筋縄ではいかない過去があり、たった一人の従業員は人間だ。そしてたまにやってくるのは自称病院の守り神。
「さて、今日も閑古鳥が大声で鳴くぞ」
「店長それ日本語として矛盾してません?」
「そうか?」
「そうです。ていうか今日は大掃除しますからね」
「あー、やっぱりそうなるよな……」
そして世界はここからまた色づき始めるのだろう。
【第一部 了】