「っ、俺が今お前さんから色を奪えば、お前さんは消えるんだぞ。そんな力恐ろしくないはずないだろ!」
「そうですね。だけど店長はそんなことしませんよ。だってそのことに誰にも触れられなくなるくらい怯えて、後悔したんですよね。やっと店長が触れられなくなった原因が分かりました」
あの苦悶に満ちたトラウマの原因は、あやかしを消してしまったから。
「そんな人がまた同じことをするはずがありません。そのあやかしから色を奪ったのにも何か儘ならない理由があったんでしょう?命を奪うことは許されることではありませんが、それでも私は私が今まで見てきた店長を信じています。理由を話せなくても、それでもいいです。別になにも無条件に信じるのではありません。今までの店長の行いを見てそれで言っているんです。分かりますか?」
うろたえる店長の震えが両手から伝わってくる。私の言葉はちゃんと伝わっているだろうか。
「そんなことは許されない」
「っ、誰が許さないんですか?世間ですか?ヒヨコさんですか?そうかもしれません。ですが店長を誰よりも許さないのは店長自身です」
「……」
「店長が一番言われたくない言葉を言います」
「……」
「私は、店長の罪を許します」
「……っ」
そうして店長の頭の後ろに手を伸ばし、目隠し布をほどいた。その目から落ちる涙。美しい瞳が今は酷い顔の一部になっていて、私は今の場の空気も忘れて思わずふふっと笑ってしまった。
「相当酷い顔してますよ」
「じゃあ見るな」
笑う私に店長は不服そうにして、それから対抗してか私の頬を両手で包んだ。冷たく骨ばった大きな手。その触れ方は私と違ってまるで壊れ物を扱うように慎重で優しい。店長から触れてくれたことが嬉しくて、私はもう一度笑う。
「いえ、そんな店長も嫌いじゃないので」
それから冷静になれば互いが互いの頬に触れるという謎の光景に恥ずかしさが出てきて、そっと離れた。
「俺のこの目の色は俺が罪を犯してきた証だ」
「だから目隠しをしているんですか?」
「いや、もう色を奪わないと決めたからだ。まぁ本当はもう奪う力はないんだが」
「え、そうなんですか!?」
「ああ。事件を起こしたときにここの店主にその力は奪われている」
「店主さんが!?そんなことできるんですか!?」
思わぬ名前が出てきて驚くと店長は苦笑した。目隠しをしていない店長と話をするのは新鮮だ。
「あれは特殊なあやかしだからな。そして言われたんだ。『奪ったものは仕方ない。それなら奪った以上に与えればいい。そうすればいずれその力をお前に返してやる』と。まぁもうその力は返ってこなくてもいいんだが、罪滅ぼしとして色が必要な誰かに色を与えている。本当は無償でもいいと思ったんだが、店主に売り上げ金を全て寄越せと言われているから最低限のお金はとることにした」
「あの、なんか店主さん結構横暴では?失礼ですけど店長なんか利用されてません?」
罪滅ぼしにというのはまだ分かる。だとしても売り上げ金を全部寄越せと言うのはなかなかに横暴ではないだろうか。それだと店長はタダ働きということだ。
「あれは横暴が許されるあやかしなんだよ。それにその言葉がなかったら今の俺はなかった」
「店主さんに感謝しているんですね」
「ああ」
「その店主さんの視察、いまだにないですけどね」
「そういえばそうだな」
「私の役割は果たせないままですね」
それが雇われた一番の理由だったのに、店長がそのことを忘れてしまうほどあれから時が経ってしまった。
「お前さんがバイトに来てくれて良かった」
「はい。いつ視察か分かりませんもんね」
「そういう意味じゃない」
「違うんですか?」
「……違う。お前さんが来て、この店の色は変わった」
店長がそんな抽象的な例えに〝色〟を使うのは珍しい。
「それは何色ですか?」
「何色だろうな。一色ではないことは確かだ」
そのときなぜか目の前の店長がブレて見えた。あれ、と目を擦ると元に戻った。昨晩からの寝不足が祟ったのだろうか。
「店長、私はここでまだ働きたいです。店長の傍でまだまだたくさんの色を見ていきたいです。店長が植色を罪滅ぼしだというなら、私にもそれを手伝わせてください」
「山岡……」
「だからもう一度ここで働かせていただけませんか。お願いします」
頭を下げる。だけど返事が返ってこない。もしかしてどうするか考えているのだろうか。この流れで断られたらかなりショックが大きいのだけど。
「あの、店長?」
しばらくして窺うようにして顔を上げた瞬間、気づいた。店長がいない。いやそうではない。そもそもここは十五夜堂の中ではないのだ。
「ここ、鳥居?どうして」
私は狭間に入るための入り口である赤い鳥居の前にいた。よく分からないけどなぜか突然ここに飛ばされたらしい。状況は分からないけどとりあえず戻ろうとして鳥居をくぐった。だけどそこに広がるのは竹林ではなく路地裏だった。何度試しても結果は変わらない。
「……っ」
嫌な予感がした。私は小走りで駅前通りに出た。いつも通り騒がしい場所だ。だけど今日はどうしてかいつも駅前で見かけるあやかしたちがいない。違う、きっと今日に限ってたまたまいないだけだ。
私はその足で病院に向かった。いつもの診察室。色屋に来ていなかったのだからここにヒヨコさんがいないはずがない。はずが、なかった。もう随分と見慣れてきた先生の頭の上を見て私は愕然とした。
「すみません、間違えました……」
きっと自分で思うよりも相当酷い顔をしていたのだろう。先生や看護師さんが声をかけてくれたけどうまく返事できないまま病院を出た。
その日から世界は変わった。いや違う。変わったのは世界ではない。変わったのは私だ。
その日、見鬼の才がなくなった。