騒がしい駅前通りの路地裏を抜け、小さな赤い鳥居をくぐるとそこには視界いっぱいに竹林が広がる。その奥深くにひっそりと佇んでいるのが十五夜堂──通称色屋だ。
その店の店長である秋月さんは現在目隠し布をしていても分かるほどとても驚いた顔をしている。その理由は言わずもがな。
「お前さん話し聞いてなかったのか!?昨日でクビだって言ったんだが」
「聞いてましたよ。聞いた上で納得がいかないのでこうして来ました。だってあんなの不当解雇ですよ」
昨日、あの後固まって動かなくなったしまった私を店長が半ば強引に追い出した。それから冷静になるために仕方なく現世に戻り、ヒヨコさんに話を聞いた。
どうやらヒヨコさんはずっと店長が何のあやかしなのかを調べていたらしい。自分で調べてもなかなか分からず余程無名のあやかしなのだろうと思っていたところ、情報屋に頼んで調べてもらったら〝飽月〟というあやかしが浮上したようだ。なぜかそのあやかしについては調べてもほとんど情報が出てこず、かなり手こずったのだとか。
そして分かったことは、飽月というあやかしは物から物へ色を移す力があるということ。そして以前その力であやかしの命を奪ったことがあるあやかしだということだった。
ヒヨコさんは当然店長を危険だとして、私にもう店に行くなと忠告した。
「お前さんがここに来てること、夜雀は知ってるのか」
「言ってはいませんが、察してはいると思います。全部話してくれたあとで『それでもこれからどうするか決めるのはお前だ』って言ってましたから。あんなに優しい桜の雪を見た後です。ヒヨコさんも全部が全部店長のことを危険だと思っているわけではないんです」
「だがあいつの言葉は真実だ」
店長は言い訳もしない。だけど言い訳をしないのが美学だとは思わない。私は今店長の口から話を聞きたいのだ。
「拒絶されるなら先に拒絶しようって思ったことくらい見え透いてます。ヒヨコさんが教えてくれたことは本当だと思いますけど、でもそれが全てではないと思います。だから店長、ちゃんと話をしましょう。昨日話そうとしてくれていたじゃないですか」
〝だが今の俺の全てはそれだけじゃない。俺が色屋をしているのは…………罪滅ぼしだ〟
きっとあのとき何かを話してくれるつもりだったのではないだろうか。
図星だったのか店長は観念したようにイスに腰を下ろした。そしてポツリポツリとこぼすように語り始めた。
「俺の力は、色を変えるのでも植えるのでもなく、本当は物から物へ色を移すことができる〝移色〟というものだ」
「色を移す……植色との違いがあまり分からないのですが」
「色は無尽蔵に俺の中から沸いて出るわけじゃない。俺の目を見ただろ。あれは俺の目に他の物から一度色を移してあるんだ。俺を媒介にしなくても移せるが、色屋としてすぐにどんな色にでも対応できるように過去にたくさんの色を目に溜め込んでいた。だからこれは本当の俺の目の色じゃないんだよ」
何色にも見えるあの目の真相は、店長が今までに他の物から自分に移した色……。
「色を移すということは、移された方はいいが移した方には色が無くなる。色が無くなるということはその物体が存在を保てずに消えてしまうということだ」
「消える?」
「前に無色草の色の話をしたのを覚えてるか」
「無色草は無色ではなく無彩色だという話ですか?」
「そうだ。俺が色を移した……いや、奪った物は本当の無色になり消える。無色と透明は同義ではないが、俺の力の元ではそうなるらしい。俺はそうやってずっと色を奪い、消してきた。そのことに対して別に何かを思ったこともなかった。だからあんなことが起きたんだ」
「あんなこと……」
ヒヨコさんから話を聞いてなんとなくは分かっていた。だけど本人の口から聞くのとはまた違う。
「今まで物から色を奪うことしかしてこなかった。だが一度だけ、俺はあやかしから色を奪った」
「……」
「そのあやかしは消えた」
だから色を奪い、命を奪うあやかしだと。
「どうしてそんなことをしたんですか。色を奪えば消えてしまうと分かっていたんですよね」
「夜雀は何も言ってなかったか?」
「私は店長の言葉が聞きたいんです」
「残念だがそれ以上は言いたくても言えない。言えないように呪いがかけられているんだ」
「……」
「嘘だと思うか?それもいい。それなら話しはここで終わりだ。お前さんはここを辞めることに納得して現世に帰れる」
「……」
勝手に決めつけられて話を進められて、段々と腹が立ってきた。私は立ち上がり距離を詰め、勢いよく店長の顔を両手で挟んだ。今の私には店長に触れながら話す必要があった。
「山」
「思いません!!嘘だなんて思いませんしここを辞めることに納得もしません!!」
私の大声に店長が固まる。