枝に貼りつける作業はさすがに一人だと時間がかかりすぎるし、木の上の方は危ないのでヒヨコさんとモモさんに手伝ってもらう必要がある。だけどその光景を小原さんに見られるのはまずい。あやかしが見えない人からすれば物が勝手に動いているように見えてしまう。

 だけど先に折り紙を木の枝に貼りつけると説明をしているので、その作業が普通に考えれば容易ではないことが伝わってしまっている。だからなんとか一人で出来ますというように話を盛って説明をしたので、小原さんの中で私は木登りが大得意な運動神経抜群というイメージで固まっただろう。まぁ今回だけだからその嘘の弊害はないと思うけど。さすがに枯れ木に人間が登れば容易に枝が折れてしまうだろうということには気づいていないようで助かった。

 完成してから驚かせたいので絶対に何があっても作業中は覗かないでくださいと念を押してから作業にとりかかった。鶴の恩返しの鶴もこんな気持ちだったのだろうか……。

 小原さんはそれならお花見用のお茶とお菓子を用意しておくわと、にこにこしながら家の中に入っていった。見にくいけど絶対に誰にもブロック塀の向こうから見られないとも限らないので、そこは細心の注意を払いながら進めた。もしもの場合、多少は風の悪戯で誤魔化すつもりではあるけど。


「早苗、これ何枚あるんだ」


 一向に減らない紙の束を見てヒヨコさんがげんなりしている。今のヒヨコさんの表情を言葉で表すなら「マジかよおい」だ。


「満開にできる分かな」

「一晩で用意したのか」

「うん。結構頑張った」

「お姉さん、本当にありがとうございます!何とお礼を言えばいいか」

「お礼は最後。小原さんが喜んでくれないとね」


 ヒヨコさんは飛びながら上の方に、モモさんは木を登って中間部分、そして私は地面に近い方を担当して花を貼りつけていった。風に吹かれても飛ばされない強度で、だけどもちろん後できちんと元通りにできるように貼りつけている。貼るのも大変だけどこれは後片付けも相当大変そうだ。


「早苗、風は強くないが少し空気が湿っぽい。早く終わらせるぞ」

「それって雨が降りそうってこと!?」

「すぐではないだろうが予兆がある」

「分かった。急ごう」


 雨が降ればさすがに紙でできた桜の花弁は瞬く間に散ってしまう。そういえば鳥って雨が予知できるんだったか。だけど今日は確認したところ雨の予報はなかったはずだ。それでもヒヨコさんの言葉を私が疑うことはない。

 そこから急いで何とか二時間程作業をしてようやく最後の一枚を貼り終えた。


「どう!?」

「お姉さん…………これすごいです!!」


 モモさんは興奮して立ち上がっている。


「ちゃんと桜に見える!?」

「見えます!」


 第一関門であるモモさんが納得いく桜を作るというのはうまくいったようだ。


「ああ。意外と見えるもんだな」


 そして辛口評価をしそうなヒヨコさんがそういうのなら間違いない。私も木から離れて縁側の前に立ってみると、そこから見えた光景に笑みがこぼれた。そこにあったのは満開の桜の木だった。

 と同時にやりきった達成感で力が抜けた。だけどこれで終わりではない。


「ねぇモモさん、何か小原さんに伝えたいことない?伝えられるか分からないけど、うまくいけば伝えられるかも」

「三七子さんに伝えたいこと……」


 たくさんあるかもしれない。ずっと傍にいても言葉が交わせずに伝えられなかった思いがあるだろう。だけど考えた末にモモさんがあげたのは一つだけだった。 


「僕もこの桜の木にいたあやかしもずっと幸せだったよって、それだけ伝われば十分です」

「分かった。じゃあ小原さん呼ぶね」


 喜んでもらえるだろうか。きっと大丈夫、大丈夫だ。そう言い聞かせて緊張しながら玄関のチャイムを鳴らして、小原さんに外に出てきてもらった。

 にこにこしながら出てきた小原さんを私はまるで自分の庭のように案内した。そして桜の木との対面。その瞬間小原さんは足を止め、固まった。



「──咲いているわ」



 ああ、その言葉だけでやって良かったと思えた。


「本当に、本当に桜が咲いているわ」

「三七子さん、泣いてるの!?」


 ここからは背中しか見えない。だけどモモさんがそういうのだからそうなのかもしれない。今は何も言わないでおこう。

 だけどそのとき鼻先に冷たい雫が落ちてきた。まさかヒヨコさんのヨダレ……と思った瞬間、ポツポツと雨が降ってきた。ポツポツだった雨はすぐにザアザアと音を立てるほどに強まった。水が嫌いなヒヨコさんはすぐに軒下に避難したけど、モモさんも小原さんもなぜか動かない。


「小原さん、濡れます!早く中に」

「だけどせっかくの桜が。とても綺麗なのに」


 雨に濡れて紙でできた桜の花弁は次々に散っていく。作るのは時間がかかっても崩れるのは一瞬だ。満開の状態が見られたのはたった数分。いや数秒だったかもしれない。これは間に合ったと思っていいのだろうか。いや、思いたいけれど──。


「残念ですが、だけど一瞬だけでも見ていただけて良かったです。もう少し早く終わっていればもっとゆっくり見ていただけたんですが」

「いいえ、貴女が謝るようなことは一切ないのよ。貴女には本当に感謝しかないわ」

「早く中に入りましょう」

「待って、もう少しだけ花が残っているから」


 小原さんはじっと見つめて動かない。私は玄関から傘を借りて小原さんが濡れないように差し出した。隣から見たその頬は雨なのか涙なのか濡れていた。