「ヒヨコさんが言ってたでしょ。本体が消えたら依り代を見つけたとしても普通はそんなに長い間生きられないって。それにどう見ても猫なんだよね」

「それは依り代が猫だからで」

「それだと意識(・・)は木のあやかしなんでしょ?それなのに現世での動きが完全に猫なの。特に小原さんの家での振る舞いを見てそう思った。あのとき言葉が話せるのにどうして猫みたいに鳴いたの?」

「そ、それは、その、僕は」

「それに本当に桜の木のあやかしなら木が手遅れになる前に他のあやかしに助けを求められたんじゃない?」

「それは」


 明らかに狼狽えているモモさんに、遠くで本を読みながらこちらの話に耳を傾けていたらしい店長が声をあげて笑った。


「諦めろ。そいつは色屋でバイトをしているが裏稼業が探偵だからな。確信を突かれてそれを誤魔化そうとするのは無駄だしみっともないぞ」


 いや裏稼業で探偵なんてしてませんし、なんなら店長も最初は誤魔化そうとしてましたよね。突っ込みどころ満載の言葉だけどモモさんは「そうでしたか」と納得してしまった。


「確かに僕は桜の木のあやかしではありません。嘘をついてごめんなさい。だけど一つだけ否定させてください。〝本当の桜の木のあやかし〟は自分の木の不調に気づきながらも助けを求めることなく自然に任せて消えていくことを選びました」

「桜の木のあやかしは本当にいたってこと?」

「はい。彼女は木が完全に枯れるのと一緒に三年前に消えてしまいましたけど……」

「それならあなたは小原さんが飼っていた猫のあやかし?」

「はい。そうです」


 やっぱり。飼い猫が亡くなったという話を聞いてもしかしてそうじゃないかと思った。モモさんは猫を依り代にした桜の木のあやかしではなく、そのまま猫のあやかしだ。


「どうしてわざわざそんな嘘をついたの?」

「だって、そうじゃないと僕の願いを聞いてもらえないと思って」

「自分が消える前にもう一度満開の桜を見たいっていう願い?」


 桜の木のあやかしじゃないのならモモさんが消えることはないのだろう。つまりその願いは嘘だ。


「はい。本当は三七子さんがあの家を出る前に最後に桜を見せてあげたかったんです。だけど人間をよく思わないあやかしもいます。人間のための願いごとだと言えば協力してもらえないと思ったんです」


 そういうことか。小原さんの願いとモモさんの願いが一致していると思ったけどそうではなく、小原さんの願いをモモさんが叶えたいと願ったのだ。


「だけど桜の木のあやかしも消えるときに『もう一度三七子さんに桜を見せてあげたかった』って言っていたから。だからこれは僕だけの願いじゃないんです」

「そう」


 二人のあやかしがこんなにもあの人のことを想っている。それはとてもすごいことだ。


 ──〝最後にもう一度だけこの桜が満開に咲いているところを見たかったけど、もう叶わないのね〟



「……私も、見せてあげたい」


 あやかしと言葉が交わせる私。人間と言葉を交わせる私。私がその両者を繋ぐことはできないだろうか。通訳をするのではなく、心を繋げるような何かを。


「だが現実問題そんな方法はないだろ」


 店長がピシャリと言い放つ。堂々巡りは結局不可能を突きつけてくるのだ。


「……枯れ木に花を咲かせる灰があればいいのに」

「花咲かじいさんじゃあるまいし」

「あれ、まさにそれだったんですけど店長が花咲かじいさんを知っているなんて意外──」


 あ、と思う。どうしよう今ので思いついてしまった。いや、思いついたけどそんな子供騙しのようなもので彼らの深い想いを満たして昇華させてあげることができるだろうか。分からない。だけど今はそれしか方法が思いつかない。


「ねぇモモさん、実際に桜は咲かせてあげられないけど咲いているように見せかけるっていうのはどう?」

「どういうことですか?」

「桜の花弁の造花をたくさん木に貼りつけたら遠くからみたら本物みたいに見えないかなって。例えるならちぎり絵みたいな。あ、ちぎり絵ってわかる?」

「……」


 私の提案にモモさんはきょとんとしたまま。ああ、やっぱりダメか。


「そうだよね。ごめん。やっぱりそんなのじゃ納得いかないよね」


 だけどその瞬間モモさんは勢いよく立ち上がった。


「いえ!!もう諦めるしかないのかなって思いました。でも諦めたくないです!お姉さんの提案すごいです!僕思いつかなかったです!やりたいです!」

「本当に花を咲かせるわけじゃないけど、いいの?」

「僕は僕に出来ることをします。三七子さんがどう思うかは分かりませんが、何もしないよりずっといいです!協力してもらえますか……?」

「もちろん!」


 それから私の考えていることを伝え、モモさんにはとりあえず現世に帰ってもらった。どうやらモモさんは死んだあとも生前と変わらずあの家に棲んでいるようだ。そこで娘さんとの会話を聞いて十七日に小原さんが家を出ていくことを知ったらしい。

 あの家を離れがたく思っているのは小原さんだけではない。あの家は売りに出すと言っていたし、もしかしたらいずれ取り壊されることもあるのかもしれない。そうなれば木も伐採されるだろう。モモさんにとってもこれが桜を咲かせる最後のチャンスになる。だから失敗はできない。