「ねぇヒヨコさん、あやかしを見えるようにする方法は分かったんだけど、見えなくする方法はないの?」
「見えなくなりたいのか?」
「まぁ出来ることなら」
「その方がいいだろうな。見える人間は狙われやすい。そういう人間を食おうとするあやかしはいるからな」
「え、あやかしって人間食べるの!?」
「色々だ。食べるやつもいる」
この一週間いろいろなあやかしを見てきたけど、その中に襲ってくるようなあやかしはいなかった。遠くの方から見ていただけだったから良かったのだろうか。それとも幸運だっただけだろうか。もしその時まかり間違って話しかけでもしていたら今頃私はこの世にはいなかったのかもしれない。
「ねぇ、ヒヨコさんは食べないよね……?」
もしその可愛い風貌で人間を食べるなんてことになったらとんだ裏切りだ。許せない。ヒヨコさんは私が少し怯えているのが面白かったのかチチチと笑った。あ、ダメだ笑い方が可愛い。可愛すぎる。笑い方は完全に雀のそれだ。ヒヨコなんて言ってごめん。
そんな私の心の声を知らないヒヨコさんは私がずっと怯えていると思ったのか溜めに溜めてから「わしは食べない。良かったなぁ」と告げた。リアクションを期待されていそうだから大袈裟に安堵してみると実に満足げだった。鳥に表情があるなんて知らなかった。あやかしだから分かりやすいだけだろうか。
どうしよう私、今まで猫派だったんだけどこれを機に鳥派に変わりそうだ。
「残念だが一度見鬼の儀を行うとそれを取り消すことは出来ないと聞く」
「そっか、そうなんだ」
「何だ、もっと落ち込むと思ったが」
「まぁ今のところ襲われたこともないし見えるくらいで特に不便は感じないしね。病院の検査で体は正常って分かったし、見えないようにする方法がないならこのままでも良しとしておくよ」
どうにもならないと分かっていることを嘆いたり憂いたりするくらいならその時間を他のことに充てたほうがよっぽど充実するし健全でいられる。そう思えるばかりでもないけど。
「話聞かせてくれてありがとう。連れ出しちゃってごめんね。病院戻るでしょ?」
「ふん、今日一日だけお前があやかしに襲われないように見張っててやろう。なにしろわしは縁を大事にする神だからな」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。危ない場所にはいかないしちゃんと見えないフリもできるから」
「なんだ、わしだと力不足だとでも?」
「そうじゃないんだけど」
なにより病院の守り神だと自称されているのに長時間不在にさせてしまうのは病院に何かあったときの罪悪感がすごそうなので嫌だ。
「私、この後バイトの初出勤なの」
「バイト?」
「そう、アルバイト。神様連れて出勤するわけにいかないしね」
「よし。ならばそのバイト先に危ないあやかしがいないか見てやろう!」
あれ、断り文句だったはずなのに俄然やる気にさせてしまった。
「ねぇ病院、ほんとに戻らなくて大丈夫なの?バイト先ちょっとここから遠いよ?」
「さぁ早苗、早くバイト先とやらに連れていけ」
ヒヨコさんはばさりと羽ばたき、私の肩から頭に移動した。全然話を聞いていない。まぁだけど本人がいいというのだからいいか。
腕時計を確認すると時刻は午前十一時過ぎ。店長に指定された時間までまだ時間はあるけど場所が分からなかったときのために少し早めに行っておこうか。
見える人が見たら奇妙な光景だろうなと思いつつヒヨコさんを頭に乗せたままバイト先に向かうことにした。私が一人暮らしをしているアパートからさっきの病院まではバスで二十分程。バイト先はアパートに近い場所を選んだからその方面まで戻らなければならない。周りには見えていないと分かっているけどヒヨコ(雀)を頭に乗せてバスに乗るのは初めてのことなのでわりと緊張した。ヒヨコさんもヒヨコさんでお構い無しに話しかけてくるものだからうっかり返事してしまいそうになって何度も慌てた。歩いているときもバスに乗っているときも通話の振りは出来ないのだからぜひとも自重してほしい。
近くのバス停で降りてそこからは徒歩で向かう。スマホのナビを確認しながら商店街を抜け、駅の方に向かった。雑居ビルが立ち並ぶ駅前通り。平日の昼間だからか仕事中だったり昼休みのランチに並んでいる人たちがたくさんいる。ちなみに人だかりから少し目を離すと、あやかしのような生き物もいた。見ない振りをしたけど、向こうからはきっと私の頭の上のヒヨコさんは見えていることだろう。二度見されていた。あやかしにも驚かれるってどうなの。
普段ならこの時間は大学の講義を受けているけど、今日は病院に行きたかったのとバイト先の店長に来られるならきてほしいと言われて講義をとっていないから大学は丸一日休みだ。
雑居ビルの間、細い路地を通り抜ける。大通りから外れると人通りはなく街の喧騒は遠い。私はそこでスマホ片手に足を止めた。
「あれ、この辺りのはずなんだけど……」
スマホのナビを使って住所を打ち込み現在地と照らし合わせて確認してみる。だけど合っている。この辺りに店があるはずなんだけど。