竹林を抜け鳥居をくぐり、騒がしい駅前通りに出る。まだそんなに遠くに行っていないはずだけどどこだろう。現世で着物姿の私は完全に浮いている。着替える時間も着替えを持って出る余裕もなかったのだから仕方ない。辺りを探していると三毛猫が少し先を横切ったのが見えた。路地のほうに入っていく。人通りもなく話しかけるにはちょうどいい。
「モモさん!」
見失わないように慌てて追いかけて声を掛けた。するとその三毛猫は振り向いたけど、私はすぐに違うと気がついた。
「え、あれ、すみません間違えました!」
人間違いならぬ猫間違い。そうだこの猫は四足歩行をしているし普通の猫だ。──と思いきや、猫は私の言葉を理解したように首をかしげた。
「あれ、お姉さんさっきの色屋さんの?」
「あ、やっぱり間違ってなかった」
「ああ!すみません。現世だとこっちのほうがしっくりくるので」
普通の猫に擬態しているということだろうか。そういえば最初に出会ったあの白い猫も一見して普通の猫の動きにしか見えなかった。
「今のモモさんの姿って普通の人にも見えますか?」
「いいえ。僕は力の弱いあやかしですからとても顕現なんてできませんよ。お姉さんはもしかしてあやかしじゃなくて見鬼の才を持ってる人間ですか?」
「はい、そうです」
「そうでしたか。お姉さん、僕もうお客さんじゃないのでそんなに改まってもらわなくていいですよ」
「じゃあそうするね」
今まで出会って話をしたあやかしには軒並み年下扱いを受けてきたので──多分本当に年下なのだろうけど──こんな風にお姉さんと言われると嬉しくてついニコニコしてしまう。
「それで僕に何かご用でした?」
「うん。桜の木のこと、何か協力できないかなって。私人間だからここでは動きやすいし何か手伝えることがあるかもしれない」
「協力!?本当ですか!?」
「うん」
「あ……でもあの怖い店長さんにお姉さんが怒られたりしませんか?僕さっきちょっと怖かったです……」
「大丈夫。店長はああ見えて本当は優しいあやかしだから。現にほら、モモさんに協力していいよって」
まぁ「いいよ」とは言われていないけど、最後のあれは要約すればそういうことになるので嘘はついていない。
「そうでしたか!誤解してしまいました!」
なんて素直なあやかしだろう。悪いあやかしに騙されたりしないか心配になってくる。
「モモさんはこれからどうするつもりなの?」
「色屋さんが最後の頼みの綱だったので、もう当てはないのでどうするかこれから考えるところでした」
「そう。じゃあ私の方に乗ってもらっていい?相談相手には当てがあるの」
*
「だから何で毎回わしのところに……。いやそれより何だその猫は」
私の肩に乗るモモさんを見てヒヨコさんが冷ややかな視線を向けた。私もまさか肩に乗られるとは思っていなかった。〝乗ってもらっていい?〟というのはそういう直接的な意味ではなかったのだけど、まぁ可愛いのでよしとする。
「ヒヨコさん、こちら桜の木のあやかしのモモさん。モモさん、こちら病院の守り神のヒヨコさん」
と、それぞれにそれぞれを紹介する。ヒヨコさんは「そのナリで桜の木のあやかしだと?」と不可解そうな視線を向け、一方のモモさんは病院の守り神という大層なワードに目を輝かせた。
「神様!すごいです!」
多分ヒヨコさんはこういう反応が好きだと思う。案の定満更でもなさそうに尾を動かしている。
気分が乗ってきたヒヨコさんに事情を説明して枯れた木を再び咲かせる方法を知らないかと尋ねてみたけど、「むしろなぜわしが知ってると思う」と言われた。知っている可能性は低いだろうとは思っていたけど、当てが少ないのだから低い可能性でも一つずつ潰していかないと。それに店長の言葉もある。
「まずお前さん、その木を見たのか?」
「まだ見てないけど」
「阿呆!それを見なければその猫が本当のことを言っているか分からんだろうが!お前さんはあやかしを信用すぎだ!恐ろしい目に遭ったのを忘れたのか」
「僕、木のこと嘘ついてないです!」
「口先だけかもしれん」
モモさんの反論にもヒヨコさんは怯まない。
「待って二人とも。嘘だとは思わないけど確かに一度その木の状態を確認したほうがいいかも。モモさん、その木はどこにあるの?」
「木ノ坂町です」
「あ、意外と近いかも。バスで行けるかな」
「わしも連れていけ」
「いいの?」
「ふん、そのつもりだったんだろ」
「まぁ、少しはね」
店長が真っ先にヒヨコさんに相談に行けと言ったのは、ヒヨコさんが木のことを知っていると思ったのではなくこうなることを見越してだろう。ヒヨコさんがいれば私は無茶できない。だけど私としても現世で知ったあやかしに協力してもらえるのは有り難い。
バスに乗るのはヒヨコさんと病院から十五夜堂に向かったあの日以来だ。あの日は頭にヒヨコさんが乗っていたけど、今日は肩に猫、頭に雀。この調子で行けば次乗るときには足に蛇でも巻き付いているかもしれない。