「実はどちらにも行ったんです。でも断られました」

「不可能だって?」

「花屋さんには無理だと言われました。再生屋さんはそもそもその木が現世にあると言った時点で話を聞いてもらえませんでした。現世には行きたくないそうです」

「あー、まぁそういうやつは多いだろうな」


 店長の言葉に私はすぐに疑問を持った。


「え、そうなんですか?現世でも結構あやかしを見かけますけど」


 河童も見たし天狗も見たし、他にも名前を知らないあやかしをたくさん見ている。


「そういうやつらは大抵が現世で生まれたあやかしだ。常世で生まれ育ったあやかしは現世を気味悪がったり恐れたり、興味がないやつも多い。人間が嫌いなやつもいるな。だからそいつらがわざわざ現世へ出ることは少ないぞ。まぁそもそも現世の空気が体に合わない場合もあるが」

「そうなんですね」


 ということはもしかしてヒヨコさんも現世で生まれたあやかしなのだろうか。


「だから僕、現世まで来てくれそうなお店を探してたんです。そしたら狭間にお店があるって聞いて。狭間にあるお店のあやかしなら現世にまで来てくれるって思ったんです」

「だとしても全く関係のない畑違いの店のやつが行ったところで意味ないだろうが」


 店長の言う通りだ。


「何か方法ありませんか!?派手な水色の狐のお兄さんに色屋さんは凄いって聞いたんです!」


 なるほどそこか!名前を聞かなくても分かる。十中八九山影さんのことだろう。評判を広めてやると言っていたけどまさかこんな紹介まで持ってこられるとは。店長もこれはいい迷惑だと言わんばかりの表情を浮かべている。


「おい、冷静に考えても見ろ。何で色屋が花を咲かせられるんだ」  

「それは何か凄い力で」

「そんなものはない。どう考えても無理だ」

「そ、それなら花を咲かせられて現世にまで来てくれそうなあやかしを知りませんか!?」


 彼は今にも泣いてしまいそうだ。猫派の私としてはなんとも心苦しい。


「そもそもうちの客でもないのに協力してやる義理がない」

「じゃあ色を買います!それなら何か教えてくれますか!?」

「あのモモさん、それはちょっと」


 店長が色を大事にしていることは嫌と言う程分かっている。だから店長よりも先に言葉を返した。〝じゃあ〟などという言葉はあまりいい気はしないだろう。その矜持は店を営む者としては良くないのかもしれないけど、私は店長が持つ色に対する敬意が好きだ。


「ダメですか……?」

「生憎だが色を買ってもらったとしても答えられないぞ。そんなあやかしは知らないからな」

「そうですか……」

「モモさん、その再生屋さんとやらを時間をかけて説得してみてはどうですか?時間をかければもしかしたら誠意が伝わって」


 だけどモモさんは俯いてしまった。


「ダメなんです。もう時間がないんです」

「時間がない?」


 店長が訊ねる。


「はい」

「何でだ」

「それは、その……」

「何だ、言えないことか?」


 接客モードじゃないときの店長の探り方は尋問の時のそれに近い。つまり結構怖い。揺れていたモモさんの尻尾が完全に固まってしまった。


「……ぼ、僕、実はその桜の木のあやかしなんです!」


 意を決するようにして告げられたその正体に、私はぎょっとしたけど店長は一切動じなかった。


「どう見ても猫だが?」

「えーっと、今はこの体を依り代にしているんです!」

「へぇ」


 ということは、モモとは猫ではなく桜の木のあやかしの方の名前になるのか。桜なのにモモ……。


「本体である桜が枯れてしまったので僕ももうすぐ消えます。なので僕はもうすぐ……八月十七日に僕は消えるんです。だから最期にもう一度満開だったあの頃のことを思い出して消えたいんです」


 やけに具体的な日付が出てきた。あやかしとは自分が消える日まで分かってしまうものなのだろうか。十七日。確か今日は……。


「え、あの、十七日って明後日ですよ!?あと二日のうちに枯れた木を咲かせるってこと!?」

「はい。だから僕焦っていて」

「それなら尚のことこんなところで時間を無駄にしてる場合じゃないだろ」


 モモさんは沈黙して考え、やがて頷いた。


「……分かりました。だけど無駄な時間じゃなかったです。最後まで僕の話を聞いてくれてありがとうございました」


 そうしてとぼとぼと帰っていくその背中はとても寂しげだ。見送るしかできない私は店長に問いかける。


「店長、消えるってどういうことなんですか?」

「そのままの意味だ。物に宿ったあやかしはその物が喪われれば共に消えてなくなる。そういうものだ」


 つまり比喩でもなんでもなく、本当に消えてしまうというのか。最後の望みが叶わないまま彼はもうすぐ消える。残念だけど仕方ないことだ。


「……。すみません店長。今日はもうあがらせてもらってもいいですか?」

「何する気だ?危ないことじゃないだろうな」


 その言葉で店長は察したらしい。


「大丈夫です。現世のことですから人間の私になら何か出来ることがあるかもしれません」

「わざわざお前さんが心を砕く必要があるのか」

「分かりません。でも、もうすぐ消えると言われてこのまま放っておくのは夢見が悪すぎますよ」

「……はぁ。危ないことはするな。あやかしの言葉を全て鵜呑みにするな。むやみにあやかしと話すな。目を合わすな。あと何だ」

「行きますね」


 長くなりそうで戸を開けると、店長は「あともう一つ!真っ先に夜雀に相談に行け!」と叫んだ。頷くとヒラヒラと手を振ってくれた。