星影学園の少し変わった組織“Star Shadow”。通称、SS。
能力者を代表する彼らは、世の為人の為、そして自分の為に、日々活動を続ける。
新たな仲間も加わり、学園ではその噂で持ちきりだった。

ホームルームが始まる一時間程前。朝電話で呼び出された廉斗は、不機嫌そうに部屋の扉を開ける。
相変わらず無駄に重い。女性にはあまり優しくない扉だと廉斗は思う。

「おはよーございます。」
「おはよう。好きな所に座って。」

気付いていないのか、棘のある言い方をしても変わらぬ態度で接してくれる天音。
廉斗は朝は苦手で、いつもイライラしてしまう。昔、弟に別人のようだと言われた事があるが、辞めようと思って辞められるものでもないのだ。

「好きな飲み物、教えてくれる?」

そんなイライラも吹き飛ぶくらいの、美しい彼女の笑顔に少し心が落ち着いた。
「ココア」と答えると、要が奥の扉に向かう。要は昨日も奥の部屋から出てきた気がする。何があるのか気になっていると、天音が気付いて微笑んだ。

「奥にはキッチンがあるの。」

聞けば、この学園は星影家の敷地内で、星影率いる全グループ総動員で企画して建てたようだ。
学園に通う生徒には、貧しい生徒から裕福な生徒までいろんな生徒が存在する。学費は生徒のレベルによって違い、学生寮のマンションは朝夕食事付き。
普通の学生よりも贅沢かもしれないそれは、心に傷を持った多くの生徒達の“憩いの場”になるよう、星影一同で考えた工夫なのだそうだ。

「これだけ好条件の学校、普通の学生も通いたいんちゃう?」
「生徒になれる条件があるのよ。」

両親の居ない生徒や、周りに馴染めない生徒、学校では手の付けられない問題児、才能ある特待生、能力者など、ある種特殊な生徒を選択しているようだ。全国的に集められただけあって、かなりの人数が通っている。

「話を続けるわよ。」

廉斗はふかふかのソファに腰を下ろした。右を向けば、天音の顔がすぐ見える。目が合って微笑まれると、そのまま心が奪われそうだ。

「学園の説明は一通り受けただろうけど、念の為にもう一度おさらいするわね。」
「はーい。」

星影学園は幼等部、初等部、中等部、高等部、大学キャンパス、特別棟の六つの建物がある。
唯一プールは学園の外にあり、専用のバスが出る。このバスに乗り遅れると、授業は出られない事になる。
特別棟は中庭の中央に建てられている、二階建ての建物だ。
生徒の代表“生徒会”と能力者の代表“Star Shadow(通称SS)”、そして理事長室と保健室がある。特別棟の保健室は、不登校生徒などが通う特別教室になっている。

「次に、星レベルについて。」

今のSSでは、能力を制御出来ない星レベル一が要、少し力に慣れて来た星レベル二が純也、平均的にコントロール出来る星レベル三が和哉、更にコントロールが出来る星レベル四が天音・砂那・廉斗、能力コントロールにおいてトップレベルの星レベル五が倖成である。

「リーダーの天音センパイを差し置いて、倖成センパイが星レベル五か。」
「リーダーはレベル関係ないからな。ま、俺もギリ星五にしてもらったって感じだから、自慢出来る程じゃないけどな。」

頭をぽんぽんと撫でられる。少しだけ、その言葉に重みがある気がした。
能力測定は、学園に入る前に一度だけ受けさせられた。特別棟の右側には、体育館に近い広さの部屋がある。そこが能力測定室とされている。
そこに置かれた石を握って、測定がスタートする。

「倒れるまで我慢したら、後日計り直し。ランクを上げようと無理をしてもダメだからね。」

目線は廉斗に向いているが、誰か別の人に向けられた言葉のように思えた。それが誰かは分からないが、能力者の星レベルは成績に関わるので、誰かがズルをしようとしてもおかしくはないのかもしれない。

「それから、学園の代表は生徒会と私達SS。」

能力者と一般の生徒の入り混じるこの学園には、生徒会とSSの二つの代表が存在する。
選挙で選ばれた一般の生徒、初・中・高・大の代表者は生徒会。そして、能力者として集まった生徒の中で、先代のメンバーが選んだ者達がSSとなる。廉斗は理事長からの推薦で、このSSの一員となったのだ。

「私達の主な仕事は、各階に置いてあるBOXを回収して、依頼を受ける事。」

基本的にはどんな依頼も引き受けるが、“付き合って欲しい”や“テストの範囲”等の悪戯は無視しているのだとか。

「そんな依頼する人おるん?」
「…これ。あと、これも…。」
「これもだな。」
「つーか、まともな依頼あるか?」

純也がメモを次々と廉斗に見せる。その内容は先程の内容ばかりだった。
砂那達の見ている前に置かれたBOXには、まだメモが入っている。そのほとんどが悪戯で、まともな依頼が見つからない事もあるようだ。

「簡単な依頼の時は、出来るだけ能力は使わない事。」

それは体力の消費を抑えるためだ。自分達の体調を第一に考え、余程の事がない限り力は使わないように心掛けている。

「お待たせしました。」

話もひと段落ついたところで、要が七つのカップを乗せたトレイを持って来た。
甘い香りのアイスココアが目の前に置かれ、遠慮しつつもストローに口を付ける。濃厚な甘みが口に広がり、思わず「美味しい。」と口から出てしまった。
天音は「でしょ?」と返すと、嬉しそうにホットココアを飲んでいる。
どの店に行っても必ず頼む程、ココア好きな廉斗。いろんなお店で飲んで来たが、要の入れたココアはどこよりも美味しいと感じた。

「私、どこに行ってもココアを飲むのだけど、要の入れたココアが一番美味しいわ。」

今自分が思った事を口にする天音。なんだか親近感のような、温かい気持ちが胸に広がる。
幸せそうに飲んでいる天音を見て、思わず顔が綻んだ。

「天音センパイって、かわええな。」
「っ…な、何言ってるのよ。」

純粋な廉斗の発言に、驚いた天音の頬がどんどん赤くなっていくのが分かる。その途端に、男性陣の目付きが少し変わった。
普段から仲が良さそうな彼らだが、男性ばかりのこの場所には、紅一点の天音の存在は大きく目立つ。ここにいる全員、天音に惹かれていてもおかしくはない。

「先輩をからかわないの。」

照れているのか、マグカップで顔を隠す天音。どれだけ小さな顔でも、より小さなカップで隠れる事はなく、赤くなった頬が丸見えだった。
その可愛らしさに、廉斗の鼓動も早くなっている事に気が付いた。

「強敵だな。」
「…別に。」

和哉と倖成がこっそり話すが、耳の良い廉斗には全て聞こえている。やはり、彼らは天音が特別なのだ。
本人は聞こえていないようで、天音は気を紛らわせるように廉斗にカップを見せた。

「そうだ!廉斗くんはこの絵、何に見える?」

廉斗も少し気になっていた、マグカップの絵。お世辞にも上手いとは言えず、このお洒落な空間には不似合いなデザインだ。

「うーん、雲?」
「…花だよ。」
「花?どの辺が?」

その会話に天音と和哉が嬉しそうに笑う。吊られて要と砂那も笑うと、自然と廉斗も笑顔になった。
どうやらこの絵は倖成が書いたようだ。

「倖成センパイって、意外と不器用なんやな。」

倖成は照れているのか、無言で廉斗の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
天音はそんな二人を微笑ましそうに眺めて、話を戻した。

「私達、授業参加は自由なの。だから教室で勉強するのも良いけど、ずっとここにいても一応出席扱いになるわよ。」
「うちの問題集はレベルが高いから、分からない所があれば聞いてくれ。」

それぞれ得意分野を教え合っているのだとか。最低限の学力は身に付けておかないと、能力者とはいえ生徒の代表として示しがつかないからだ。

この学園では学力値を計るため、初等部〜高校生までの全校生徒で行うテストが年に一度だけあるのだという。
国・数・社・理・英の五科目で、問題は小学生レベルから大人でも難しいレベルまでが混ざった、前代未聞のテスト。
テストが終われば、各教科の20位までのランキングが掲示板に張り出される。
下位の生徒には罰。と言っても、宿題が増える程度だ。そして上位の生徒には褒美としてお小遣い程度の報酬がもらえる。テストやイベントも、やる気を起こさせるように学園側はいろんな手を使う。どこまでも常識外れの学園だ。
クラスの噂で聞いたが、SSや生徒会のメンバーは常にランクインする程の実力者なのだとか。
生徒達が彼女達に一目起き、憧れる理由も分かる気がする。

「改めて、よろしくお願いします。廉斗くん。」

天音の笑顔を見て、どこか懐かしい、暦の笑顔と重なった。廉斗の好きな人は、もうここにはいない。だけど、新しい出会いが待っている予感がしている。

「廉斗でええよ。オレも天音って呼ばせてもらうし。」

そう言うと、天音は少し驚いた。しかし、すぐに笑顔に戻り、廉斗に微笑みかける。
暦の好きだった“SS”という場所。不思議と、ここでなら楽しく過ごせる気がしていた。


「それじゃ、さっそく依頼を片付けましょうか。」
「こんな朝早うに依頼があんの?」

ホームルームまではまだ時間がある。生徒も来ていないようなこんな時間に、一体どんな依頼があるというのだろうか。
疑問に思っていると、倖成が自分の机のパソコンを開き何かを検索していく。
とても不器用な人とは思えない程、タイピングが早い。パソコンに向かう姿が美しいとさえ思う倖成の横顔を、見た事がある気がしてならなかった。

「依頼人の名前は、高等部二年の花園優花里。」

依頼内容は、〔嫌がらせをされているので、なんとかしてほしい。〕というもの。
机の中身が中庭の噴水に落とされているという嫌がらせ。その犯人と理由が分からないため、困っているという。

「噴水になぁ…。」

随分と幼稚な嫌がらせに、思わず溜め息を溢した。
悪戯する犯人を捕まえるのに大勢は目立ち過ぎるので、この件は倖成と砂那が行く事になった。廉斗は見学も兼ねて、二人に付いて行く。


学園の敷地の丁度中央にある特別棟。その周りを取り囲む中庭は、“楽園”をテーマに有名な庭師が作ったそうだ。数カ所には彩り豊かな花々が、ベンチとテーブルを囲んでいる。その東側に、小さな噴水があった。
一人の生徒が入って来て、抱えていた教科書を噴水の上へと掲げる。

「そこまでだ。」

砂那が冷静に声をかけると、その生徒は肩を震わせながら振り返った。
明るくなった空が照らすその顔に、廉斗は見覚えがあった。廉斗のクラスメイトの、瀬戸春樹だ。
瀬戸は廉斗の顔を見つけると、バツが悪そうに掲げていた教科書を抱き締める。その教科書には、“花園優花里”と書いていて、最早言い逃れは出来ない。彼が悪戯の犯人だ。

「なんでこんな事するん?」

廉斗の質問に、瀬戸は俯いたまま唇を噛み締める。

「優花里先輩が…好き、だから…。」

男が女に嫌がらせをする理由は単純なもので、瀬戸は見事にそうだった。彼は、花園の事が好きなのだ。
しかし、彼女は年上。いつも遠くから見ているだけだ。それがなんともはがゆくて、高等部校舎に侵入した。そして彼女の席から教科書を奪い、腹いせに噴水に投げたのが始まりだそうだ。

「お前、その気持ちを本人には伝えたのか?」
「フられるに決まってる。だから、言う価値ないだろ。」

瀬戸が当たり前のように語ると、砂那の拳が瀬戸の頭に振り下ろされた。ゴッという鈍い音と共に崩れ落ちる瀬戸を瞬時に支えた倖成も、少し驚いた顔をしていた。
手加減はしているだろうが、瀬戸は痛そうに頭を抱えている。

「答えを決めるのは相手だ、テメェじゃねぇ。何もしないでこんなガキみたいな事をしてるテメェは、価値を語る資格ねぇんだよ。」

なかなか正当な発言で、廉斗の中にあった砂那の不良のイメージは少し変わった。
倖成は殴られた瀬戸の頭を気遣いながら、苦笑いしていた。

「廉斗なら、こういう時になんて言う?」
「うーん…告白してみればええんと違う?それで振られたら、改めて話を聞いたる。」

廉斗の言葉に、瀬戸は跡が付きそうな程に教科書を抱き締める。
嫌がらせをしてしまっている上で告白をするなんて、なかなか出来る事ではない。

「告白なんて…。」
「こんな嫌がらせをするくらいだからな。告白する根性なんかないだろうな。」
「し、してやるよ!」

倖成はあえて瀬戸を挑発するように言う。案の定、瀬戸は堂々と言い放った。
教科書を抱きかかえ、真剣な面持ちで高等部の校舎に乗り込んでいく瀬戸。まだ早い時間なので、花園が教室に来るのはまだ先だ。少し心配になりなからも、廉斗はその背中を見守った。

「大丈夫かな?」
「嫌がらせした分、ちょっとは痛い目みないとな。」
「倖成、意外と厳しいなぁ。」
「何もしないでただ嫌われるよりマシだろ?」

悪戯っ子のような笑顔を向ける倖成を見ると、少し親近感が湧いた。彼も、廉斗が思っていた優等生像とは少し違った。

「じゃ、俺はこれで…」
「砂那、お前は次の依頼があるだろ。」

依頼はもう一つあったらしく、逃げるように去ろうとする砂那の肩に倖成の手が置かれる。それを合図に、砂那が心底嫌そうな顔をしている事は廉斗でも分かる。
しばらく考えるように黙り込んでいたが、やがて大きな溜め息を吐いた。

「どんな依頼なん?」
「男子生徒に手を出す教師がいるんだよ。」

なんでも反抗出来ないようで、襲われる事を怖がった数人の生徒からの依頼だった。警察沙汰にも出来る件だが、なんとその教師は能力者らしく、まずはSSでなんとかする事になったそうだ。

「この学校の先生みんな美人やし、砂那やったら喜んでしそうやけど…意外と硬派なんやね。」
「あー…女だったら、こいつも喜んで行ったかもな。」

苦笑いしながら、落ち込む砂那を慰める。
女だったら…という言葉から考えられるのは、セクハラをしているのは女教師ではないと言う事だ。女ではないという事は、相手は男。しかし、手を出されて困っているのは男子生徒。
これらの矛盾を繋ぎ合わせると、砂那が落ち込む理由も分かる。

「相手はホモか。」
「砂那、その先生に気に入られてるからな。」

どうやって解決するのかは分からないが、生徒達に居心地良い学生生活を送ってもらう為、文字通り身体を張る訳だ。
嫌がる砂那の背中を押して、廉斗達は部屋に戻った。




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