「そうだ、教室で待っていてくれたら迎えに行ったのに。」
天音がそう言うと、今まで笑顔を見せていた廉斗の顔が曇りだした。気丈に明るく見せているが、やはり彼にも悩みがあるのだろう。
元々、人助けをしようと活動していた事がきっかけで作られたのがStar Shadow。出来る事なら何でもするのがモットーだ。
そしていつの間にか“悩み事を解決してくれる”という噂が立っていた。
「…人を探して欲しいんや。」
手掛かりと言って廉斗がポケットから取り出したのは、Star Shadowというブランドの小箱。
学園を創立した星影譲は、自らの名字で宝石や衣類等、幾つものブランドを立ち上げている。
廉斗の持っていたのは宝石店のもの。
中には、美しい星のトップを付けたネックレスが入っていた。
「なるほど、だからうちに来た訳ですか。」
要が納得したように頷いた。
星影の系列は総称して“Star Shadow”というブランド名が付く。学園もその一つだ。
同じ名前の学園と存在達が、何かを知っているかもしれないと、廉斗はそう考えたのだ。
「……」
天音はそのネックレスに見覚えがあった。しかし、みんなが知っている訳ではない。和哉と倖成、そして天音の三人だけが顔を見合わせた。
「…宝石か?」
「あ?お前も要に続く金持ちか?」
「要センパイ、お金持ちなんや。けど、オレは違うよ。これは貰いもんなんよ。」
「こんな高価なモノを貰ったんですか?」
「ぬ、盗んだ訳と違うで!」
慌てて言う廉斗に、天音が「大丈夫よ。」と微笑んだ。
ダイヤを削って星型にしてあり、見た所数十億の価値はあるであろう代物。この独特なデザインを、天音は知っていた。
「廉斗くんの探している人って…暦ちゃん?」
「やっぱり、知っとるんやな?なぁ、どこに居るん?」
期待に輝く目を正面から見られない天音は、少し俯きながら溜息を一つ吐いた。
ドアの前に進む足取りは少し重いが、やがて振り返り、廉斗について来るように言った。
「あなたの依頼、引き受けたわ。」
廉斗は訳が分からないという顔をしていたが、言われた通りについて来てくれた。
学園の中央に特別棟があり、北に大学キャンパス、西に幼等部と初等部、南西に中等部、東南に高等部、そして東には草木が生い茂る林がある。
特別塔を抜けて、林の奥を進む事約10分。
少し開けた場所に、沢山の墓石が並んでいる墓地があった。
霊感のある廉斗には、何か見えているのかもしれない。時折視線が逸れて、ソワソワしている様子が伺える。
全ての墓石に一輪ずつ花が供えられていて、一番奥の墓石では学園の理事長である星影譲が手を合わせていた。
「理事長…。」
「彼女に挨拶かい?」
「えぇ。」
天音達は短い言葉を交わし、不思議に思っている廉斗に向き合った。
「…ここはね、居場所を失くした生徒達が眠る場所。卒業する前に、学園で亡くなってしまった生徒達のお墓なの…。」
虐めで自殺した生徒や、事件に巻き込まれた生徒、病気の生徒…いずれも天音達が救いきれなかった、家族を失った生徒達だ。
「…暦ちゃん…まさか…。」
先程理事長が手を合わせていた墓石には『KOYOMI HOSHIHARA(18)〜sleep peacefully〜』と彫られている。
「コヨミ、ホシハラ…。」
ゆっくり噛み締めるように、彫られているローマ字を読む廉斗。そこには確かに、彼の探している彼女の名前が刻まれていたのだ。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
彼女と出会ったのは、大きな河原。
廉斗は昔から、人に見えないものが見えた。能力者である上に霊感も強いため、友達は不気味に思い廉斗に近付こうとしなかった。
夏休みに入った頃、廉斗はこの河原にやって来た。そして、暦と出会ったのだ。当時廉斗は十一歳だった。
「どうしたん?」
初めは何も話さなかった廉斗だったが、それから毎日、彼女は河原にやって来て廉斗に話しかけた。次第に心を開いた廉斗は、暦に会うために河原に通った。
彼女は高校一年生。未来予知が出来る能力者だという事。実家が京都にある事。誕生日が廉斗と同じ日だという事。美術の先生と数学の先生が嫌いな事。綺麗な妹が二人と、無口な弟、双子の兄と、小さな兄が居る事。能力者である事…沢山の話をした。
彼女の真似をして、関西弁も勉強した。
友達が居なかった廉斗には、彼女の存在だけが救いだった。
しかし夏休みも終わりに近付いたある日…。暦から、病気を治すため京都の実家に帰省する事を告げられる。
「行かないでよ、暦ちゃん…。」
「泣かんといて、廉斗くん。これ、ウチからのプレゼント。」
手渡されたのは、星の形をした綺麗なネックレスだった。
そしてそれが、彼女を見た最後。
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彼女にもう一度会いたくて、廉斗は京都へ行った。しかし結局見つからず、三年の月日が経ってしまった。
そして最後の手段として、彼女が通っていたというこの学園に来たのだ。
星影学園に転校が決まった次の日、一通の手紙が届いた。
廉斗が見せた手紙は、女性らしい可愛い文字で書かれている。
『廉斗くんへ
この手紙が届いたって事は、もう会えんかったって事やね…。
これからうちが言う事、信じてくれるかな?
廉斗くんはこれから、星影学園の生徒になる。
学園には、Star Shadowって呼ばれてる所がある。うちが育った、大切な場所。大切な家族がいっぱいおる場所。
きっと、廉斗くんにも、大切な場所になるよ。だから、後悔せんように、廉斗くんらしくいてほしい。
大切なもんを、忘れんといてね。
星に願いを込めて。
暦』
「だからオレ、ここに来れば暦ちゃんに会えると思って…。」
彼女はきっと、死ぬ前に最後の手紙を書いたのだろう。彼女の持つ能力“未来を見る力、予知能力”。自分の身に何かあったら、その手紙が届くようにしておいたのだ。
「こんなの、嘘だよね…?」
今にも泣き出しそうな廉斗を見て、天音は譲に何かを伝える。
頭が混乱していて、何を言っているのか聞き取れなかった。
「見せてあげよう。」
“それ以上は望まない方が良い”と言いながら、右手で廉斗の額に触れる。
フワリとした感覚に捕らわれ、地面が歪んだ。
「っ…?」
廉斗が気がつくと、そこは闇にも似た空間。宙に浮いているような、しかしちゃんと立っていられる不思議な空間だ。戸惑っている廉斗に、どこからか譲が声をかける。
「いいかい?過去は変えられない。それだけは分かってほしい。」
声が聞こえなくなったと思うと、闇が晴れ、しっかりと地に足が着いていた。
そこは今までいた場所ではなく、病院の前。天音と倖成達が目の前の病院へ入って行くのが見える。
病室に入り、今より少し幼い天音が目の前の少女に声をかけた。
「暦ちゃん、久しぶり。」
“暦”と呼ばれた少女は、窶れた頬をこちらに向けて微笑んだ。顔色が悪いと思ったのは、きっと廉斗だけではないだろう。彼女はもう長く生きられない。一目見てそう思えるくらい、酸素マスクをした彼女からは生気を感じられなかった。
ベッドのプレートには彼女の名前が書かれている。彼女こそ、廉斗が探し求めていた人物だ。
「暦ちゃん…。」
「…暦…。」
「…ありがとう…。」
天音の頬に涙が伝う。彼女の頬を優しく撫でると、悪かった顔色が少し良くなった。しかしそれも束の間、彼女はやがてゆっくりと目を閉じる。
声を我慢しながら泣く天音を、倖成が優しく抱きしめた。
数分後、医者が入って来て天音達は外へ出る。悲しい空気だけが辺りを包んだ。
『っ…こんなの、嫌だ…。』
信じたくない気持ちが勝った。
廉斗が病室のドアに手を掛けるのと、地面が歪んだのはほぼ同時。目の前に広がる光景全てが闇と化し、吸い込まれる感覚が廉斗を襲う。
「っ…しまった…。」
「!」
譲が崩れると同時に廉斗が倒れた。天音はなんとか廉斗を支えたが、廉斗の意識はない。
譲は人の記憶を見たり、人に見せる事が出来る能力者。
廉斗がいるのは現実とは違う、夢の世界のようなもの。しかしそれは現実でも夢でもない。ただの“過去”の世界だ。それは変えられる訳ではなく、無理に変えようとすると、その世界に囚われてしまう。
今の状態では何も出来ない天音は、廉斗の手をぎゅっと握った。
廉斗は暗い渦の中にいた。
吸い込まれる感覚は次第にはっきりとしたものになっている。捕まるものは何もなく、どんどん渦に呑まれて行く。
先の分からない恐怖に、廉斗は願わずにはいられなかった。
「…助けて…暦ちゃん…!」
やり場のない手で、首にかけたネックレスを握った。
その時。
廉斗の腕を、誰かが掴んだ気がした。渦は小さくなり、足元が安定して来る。闇は払われ、今度は真っ白な世界に、廉斗は佇んでいた。
背後に人の気配を感じ、ゆっくりと振り返る。
「…暦、ちゃん…?」
『…会いたかったよ、廉斗くん。』
そこにいたのは、先程まで幻だった筈の人物。そして、探し求めていた彼女だ。
真っ白な世界だが、彼女が透けている事だけははっきりと分かった。生きている人間ではない…そう思うと、胸が痛くなる。
「暦ちゃん…どうして、オレなんかと友達になってくれたの?」
『…最初は、単純に興味があったんよ。』
彼女が何度も見ていた夢に、廉斗は出てきた。それは、そう遠くはない未来だったようだ。しかしそこに自分の姿はなく、居たのは見知らぬ人達と、廉斗だ。
『そこで笑ってるキミは、いっつも幸せそうやった。』
「……」
SSは、みんなで作った大切な場所。たくさんの人の力になって行く場所。そして、みんなの居場所だと、暦は語る。
あの日あの河原で会った時、暦はそれを運命だと思ったのだ。
『廉斗くん、ウチは廉斗くんの笑顔が好きやったよ。』
「笑顔…?」
『そう。ホンマは、もっと長生きして…廉斗くんともっと仲良うなりたかった…。』
暦の頬に、涙が一筋流れたのと同時に、だんだん見えなくなっていく。
『もう、時間やね…。廉斗くんはここに居るべきじゃない…。』
「!いやだ、オレ、暦ちゃんともっと一緒に…!!」
廉斗の言葉を遮って、暦は廉斗を抱きしめた。感覚はないが、暖かい何かに包まれる感じがする。
「…_ネックレス…。…ー好きに…_あげる…_。』
所々を掻き消して、彼女は完全に消えてしまった。声が掠れて聞き取れなかった。
しかし、“好き”“あげる”という単語から想像した言葉は、とても単純なものだった。
それが本当なら…そう思った瞬間、廉斗は泣き崩れた。
「オレ、勘違いしてもいいかな…?」
もっと早くに彼女に会っていれば、思いを伝えていれば、未来は少しでも変わっていたかもしれない。
いつからの思いだったか、忘れてしまう程彼女に夢中だった。
暦がもう居ないのだという真実。そんな事を考えたら、涙が止まらなかった。
だけど、一つだけ分かる事があった。
「暦ちゃんが…大好き…。」
もう一度会って伝えたかった言葉を、ポツリと呟いた。
「………」
「廉斗くん…!」
廉斗が目を覚ますと、そこは保健室のようだった。白いベッドに同じ色のカーテン。学校のチャイムが聞こえる事から、ここが病院ではない事が分かる。
「良かった…。」
天音は安心したように廉斗の手を握った。震えているその手を、廉斗もギュッと握り返す。
譲も天音の隣で安心したように溜息を吐いた。
どうやら廉斗は、別世界に呑み込まれそうになっていたらしい。
譲の見せる“過去の世界”は、見せる者が自分のタイミングで連れ帰って来る。しかし万が一、その先の闇に囚われてしまったら、囚われた者が強く願わない限り戻ってこられない。完全に闇に囚われてしまえば、現実共々消えてしまうのだ。
「みんな心配して来てくれたのよ。本当に無事で良かった。」
よく見ると、曇りガラスの向こうには数人の影が映っている。
みんなの心配が伝わるようで、嬉しさと照れ臭さで心からの笑みが溢れた。
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