「いらっしゃませー」
ドアとと共に熱風が吹き抜けた。午後2時、七月後半の最高潮の気温の中に佇む人影がある。
ゆっくりと、クーラーが効く店内へ入る。その足取りは、どこかふらついていた。
やがて、倒れ込むように案内された座席に座る。
こけた頬で、かさつく唇で、息も絶え絶えに貴族は呟く。
「……ール、オナ……オナシャス、アトギョ」
ボソボソとした声。店員が貴族に近寄り耳をかざす。
「……はい、はい。ギョーザ、生ビール、はーいいますぐ」
店員を見送り、がっくりと彼女はテーブルに突っ伏した。
「……」
ぐったりとしたまま、動かない。
そのまま死んだように待つ。
ビールを、待つ。
ギョーザを、待つ。
水分とタンパク質を、待つ。
「はいおまたせしやしたービールとギョウザ」
「……!!」
ガバと頭を上げて運ばれてきた二品を見つめる。旅人が星から導きを得るように、希望のように、どこか懐かしいように、見つめる。
やがて、震える手を差し出す。
震える手が、ジョッキを掴んだ。
震えるまま、ゆっくりと口に運ぶ。
グビリと、喉が鳴る。
またグビリと喉が鳴る。
鳴る。鳴る。鳴る。
呑む、呑む、呑む。
空になったジョッキを机に叩きつけた。
「……アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! ウマイイイイイ!!」
マリーの精神は崩壊しかけていた。
「アアアアアアアアアア!!!」
絶叫が収まらない。
「水分補給もほどほどに日中の現場上がり!!!」
今日の気温は40度を超えた。あえて水分はほどほどに抑え今この瞬間の快楽にそなえていた。
「そこに生ビールを喉にぶち込んだら!!」
このために乾いていた。このために渇いていた。このための乾きだった。このために汗を流した。
「そら発狂もんですわねえええ!!!」
これは訓練を積んだ貴族階級のみにできることであり、一般庶民には危険が伴うのでおすすめできない。
皿に酢コショウ。ギョーザをそこにつけて一口食べる。
「生ビール!!!! おかわり!!!!!」
声がデカい。
「はいただいまー」
「はあ、はぁ、さすがにこの気温の現場仕事はなかなかきつかったですわね……空調服もないよりはマシでしたけれどもう少し性能上がらないかしら…」
もう少し作業時間が長ければやばかったかもしれない。
「地球は確実に人類殺しにきてますわね。しかし、日高屋もすでに今月八回目……この日高屋シンドローム状態からそろそろ脱出したいのですが…」
「はい生ビールでーす」
酷暑からの日高屋エスケープ。これがなかなか耐えきれないものだ。
「あ、どもども。駅近なのでフラフラとついよってしまう。だめよ貴族たるもの自分を律さなくては……」
「不況でも日高屋のギョウザは安いですわね…」
安いつまみは助かる。特に毎日来る自分には。
「おつまみ唐揚げ、あとメンマ下さる?」
「はいただいまー」
「しかし今年は海もプールもお祭りも中止、しけた一年ですわねぇ……」
この分では年末年始も似たようなものになるのではないか。
「そして毎年のこの猛暑。誰ですの今年は冷夏になるとほざいていたやつは……? ぶっ殺して差し上げますわ」
マリーは毎日の暑さで気が立っていた。
「現場仕事はボチボチ戻ってきたけど正社員募集の求人もめったにないし……」
すでに就活は30連敗である。
「やはりなにか新しい仕事を探すべき…? いやその前に資格を……貴族子女工業高校で取った資格ではそろそろ限界ですわね。溶接とフォーク、あと玉掛けでは戦えませんの?」
「はいおつまみ唐揚げとメンマー」
運ばれてきた肉と油とそしてメンマ。貴族令嬢の思考が途切れる。
「……とりあえず今は飲んで食って明日考えればいいですわね。店員さん、黒酢冷やし麺大盛。あと大盛券ありますわ」
「はい冷やし大盛ー」
「明日は明日の風が吹きますわ! 貴族たるもの今を楽しむべし!」
唐揚げ、メンマ、そしてビール。人に希望を与えるものは、なにも大きなことや物が必要なわけではない。ただささやかに、今日を支える糧でもいい。貴族とはそういうものだ。
「はい冷やし中華おまちー」
「この日高屋の冷やし中華、奇をてらわない味付けがいつ食しても見事ですわ!」
「日が高いうちから呑んでると思うとさらにうまさも倍付けですわ!」
△ △ △
「ありがとうございましたー」
「ふー、しかしまたこのパターンにハマってしまった……日高屋ループからそろそろ抜け出さないと」
外はまだむっとする熱気が漂う。この熱気は夜まで収まらないのだ。たまらない。
だがマリーは今日を、今を強く生き抜かねばならない。明日を夢見るために、今年は冷夏だといったバカをぶん殴るために、帰って檸檬堂呑んで寝るために。
「……明日は油そばにしようかしら」
ドアとと共に熱風が吹き抜けた。午後2時、七月後半の最高潮の気温の中に佇む人影がある。
ゆっくりと、クーラーが効く店内へ入る。その足取りは、どこかふらついていた。
やがて、倒れ込むように案内された座席に座る。
こけた頬で、かさつく唇で、息も絶え絶えに貴族は呟く。
「……ール、オナ……オナシャス、アトギョ」
ボソボソとした声。店員が貴族に近寄り耳をかざす。
「……はい、はい。ギョーザ、生ビール、はーいいますぐ」
店員を見送り、がっくりと彼女はテーブルに突っ伏した。
「……」
ぐったりとしたまま、動かない。
そのまま死んだように待つ。
ビールを、待つ。
ギョーザを、待つ。
水分とタンパク質を、待つ。
「はいおまたせしやしたービールとギョウザ」
「……!!」
ガバと頭を上げて運ばれてきた二品を見つめる。旅人が星から導きを得るように、希望のように、どこか懐かしいように、見つめる。
やがて、震える手を差し出す。
震える手が、ジョッキを掴んだ。
震えるまま、ゆっくりと口に運ぶ。
グビリと、喉が鳴る。
またグビリと喉が鳴る。
鳴る。鳴る。鳴る。
呑む、呑む、呑む。
空になったジョッキを机に叩きつけた。
「……アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! ウマイイイイイ!!」
マリーの精神は崩壊しかけていた。
「アアアアアアアアアア!!!」
絶叫が収まらない。
「水分補給もほどほどに日中の現場上がり!!!」
今日の気温は40度を超えた。あえて水分はほどほどに抑え今この瞬間の快楽にそなえていた。
「そこに生ビールを喉にぶち込んだら!!」
このために乾いていた。このために渇いていた。このための乾きだった。このために汗を流した。
「そら発狂もんですわねえええ!!!」
これは訓練を積んだ貴族階級のみにできることであり、一般庶民には危険が伴うのでおすすめできない。
皿に酢コショウ。ギョーザをそこにつけて一口食べる。
「生ビール!!!! おかわり!!!!!」
声がデカい。
「はいただいまー」
「はあ、はぁ、さすがにこの気温の現場仕事はなかなかきつかったですわね……空調服もないよりはマシでしたけれどもう少し性能上がらないかしら…」
もう少し作業時間が長ければやばかったかもしれない。
「地球は確実に人類殺しにきてますわね。しかし、日高屋もすでに今月八回目……この日高屋シンドローム状態からそろそろ脱出したいのですが…」
「はい生ビールでーす」
酷暑からの日高屋エスケープ。これがなかなか耐えきれないものだ。
「あ、どもども。駅近なのでフラフラとついよってしまう。だめよ貴族たるもの自分を律さなくては……」
「不況でも日高屋のギョウザは安いですわね…」
安いつまみは助かる。特に毎日来る自分には。
「おつまみ唐揚げ、あとメンマ下さる?」
「はいただいまー」
「しかし今年は海もプールもお祭りも中止、しけた一年ですわねぇ……」
この分では年末年始も似たようなものになるのではないか。
「そして毎年のこの猛暑。誰ですの今年は冷夏になるとほざいていたやつは……? ぶっ殺して差し上げますわ」
マリーは毎日の暑さで気が立っていた。
「現場仕事はボチボチ戻ってきたけど正社員募集の求人もめったにないし……」
すでに就活は30連敗である。
「やはりなにか新しい仕事を探すべき…? いやその前に資格を……貴族子女工業高校で取った資格ではそろそろ限界ですわね。溶接とフォーク、あと玉掛けでは戦えませんの?」
「はいおつまみ唐揚げとメンマー」
運ばれてきた肉と油とそしてメンマ。貴族令嬢の思考が途切れる。
「……とりあえず今は飲んで食って明日考えればいいですわね。店員さん、黒酢冷やし麺大盛。あと大盛券ありますわ」
「はい冷やし大盛ー」
「明日は明日の風が吹きますわ! 貴族たるもの今を楽しむべし!」
唐揚げ、メンマ、そしてビール。人に希望を与えるものは、なにも大きなことや物が必要なわけではない。ただささやかに、今日を支える糧でもいい。貴族とはそういうものだ。
「はい冷やし中華おまちー」
「この日高屋の冷やし中華、奇をてらわない味付けがいつ食しても見事ですわ!」
「日が高いうちから呑んでると思うとさらにうまさも倍付けですわ!」
△ △ △
「ありがとうございましたー」
「ふー、しかしまたこのパターンにハマってしまった……日高屋ループからそろそろ抜け出さないと」
外はまだむっとする熱気が漂う。この熱気は夜まで収まらないのだ。たまらない。
だがマリーは今日を、今を強く生き抜かねばならない。明日を夢見るために、今年は冷夏だといったバカをぶん殴るために、帰って檸檬堂呑んで寝るために。
「……明日は油そばにしようかしら」