握り飯を頬張りながら、涼太は周囲を見渡した。この辺りは村の中でも高台で、村全体を見渡すことが出来た。萌える青々とした山の間を川が流れ、その川が山を削って出来た僅かばかりの平地に水田や耕作地がひしめき合っている。背後の森では蝉達がやかましく鳴いていた。上を見上げると、抜けるような青空に真っ白な雲が塊となって浮かび、目に鮮やかだった。少し離れた所に貯水地が有って、用水はそこから引いている。子供の頃はよくその溜め池で同級生の謙治と一緒に釣りをしたものだ。今でも時々は釣りをして、貴重な蛋白源を捕る。大した娯楽も無い谷あいの小さな村で、涼太は細《ささ》やかに暮らしていた。
「今日は。涼太さん。休憩かね?」
近所に住む小林が白い軽トラの窓越しに挨拶した。
「やあ、小林さん。今から畑かね? 今日は遅いんですね」
「いやー、寝坊しちゃってね。実はお恥ずかしい話だが、夕べうちのバカ息子が万引きして補導されたんですわ。理由を聞いたら『こんな田舎で何の娯楽も無けりゃ、スリルが欲しかった。俺をこんな田舎に閉じ込めた腹いせにやった』と、こうですわ。あんな子じゃなかったんだけどね。いやもう、腹が立つやら情けないやらで夕べは眠れんくてね。しかも連日の暑さで参っとるんですわ。ま、そんなことより今年の出来はどうかね?」
「中々良いですよ。うちのはこの暑さが良い方に影響したみたいで」
「そりゃあ、何よりじゃのう! うちもまあまあですわ。うちの母ちゃんがいつもあんたんとこの野菜は旨いって、楽しみにしとるんで。独りでやってなさるのに大したもんだわ。ま、お互い頑張りましょうや」
「ええ。暑いから、小林さんも気を付けて」
「あいよ! じゃ、またな」
軽トラは軽快に走って行った。小林さんの所の息子といえば、小さな頃から知っている。素直で良い子だったのに、何があったのだろう? 年頃のせいなのだろうか?
遅い朝食を済ませた涼太は、トマトの収穫を始める事にした。真っ青な空とコントラストを描くように、真っ赤に実った瑞々しい実がたわわに連なっている。丁度食べ頃だ。涼太は実を一つ一つ確認しながら、鋏で丁寧に房から切り取り、籠へ入れていった。切り口から青臭い匂いが立ち上る。さっき小林にも言ったが今年の出来は中々良いようだ。これは後で村人へ配る事にしよう。きっと喜んでくれるだろう。なにしろ、涼太の畑で採れる野菜は天女のもたらした野菜なのだから。涼太は村人達が喜ぶ姿を想像しながら、黙々と作業した。
昼過ぎになって、小学生達が数人、涼太の畑の横を通りかかった。皆釣竿やタモ網を持っている。そうか、今日は日曜か。子供達は溜め池へ釣りに行くのに違いなかった。涼太は自分の子供時代を思い出して、微笑ましく子供達を目で追っていた。
「あ、涼太だ!」
「本当だ。阿保の涼太だ!」
「阿保!」
子供達は涼太の姿を見付けると、一斉に囃し立てた。
「お前、知ってるか? 阿保の涼太は天女なんか信じてるんだぜ」
「今時、そんなの居る訳無いじゃん。気違いだね。怖い、怖い」
涼太は黙って作業を続けた。やはり俺は時代に取り残された阿保なのだろうか? でも、俺はこれしか出来ないのだ……。
「今日は。涼太さん。休憩かね?」
近所に住む小林が白い軽トラの窓越しに挨拶した。
「やあ、小林さん。今から畑かね? 今日は遅いんですね」
「いやー、寝坊しちゃってね。実はお恥ずかしい話だが、夕べうちのバカ息子が万引きして補導されたんですわ。理由を聞いたら『こんな田舎で何の娯楽も無けりゃ、スリルが欲しかった。俺をこんな田舎に閉じ込めた腹いせにやった』と、こうですわ。あんな子じゃなかったんだけどね。いやもう、腹が立つやら情けないやらで夕べは眠れんくてね。しかも連日の暑さで参っとるんですわ。ま、そんなことより今年の出来はどうかね?」
「中々良いですよ。うちのはこの暑さが良い方に影響したみたいで」
「そりゃあ、何よりじゃのう! うちもまあまあですわ。うちの母ちゃんがいつもあんたんとこの野菜は旨いって、楽しみにしとるんで。独りでやってなさるのに大したもんだわ。ま、お互い頑張りましょうや」
「ええ。暑いから、小林さんも気を付けて」
「あいよ! じゃ、またな」
軽トラは軽快に走って行った。小林さんの所の息子といえば、小さな頃から知っている。素直で良い子だったのに、何があったのだろう? 年頃のせいなのだろうか?
遅い朝食を済ませた涼太は、トマトの収穫を始める事にした。真っ青な空とコントラストを描くように、真っ赤に実った瑞々しい実がたわわに連なっている。丁度食べ頃だ。涼太は実を一つ一つ確認しながら、鋏で丁寧に房から切り取り、籠へ入れていった。切り口から青臭い匂いが立ち上る。さっき小林にも言ったが今年の出来は中々良いようだ。これは後で村人へ配る事にしよう。きっと喜んでくれるだろう。なにしろ、涼太の畑で採れる野菜は天女のもたらした野菜なのだから。涼太は村人達が喜ぶ姿を想像しながら、黙々と作業した。
昼過ぎになって、小学生達が数人、涼太の畑の横を通りかかった。皆釣竿やタモ網を持っている。そうか、今日は日曜か。子供達は溜め池へ釣りに行くのに違いなかった。涼太は自分の子供時代を思い出して、微笑ましく子供達を目で追っていた。
「あ、涼太だ!」
「本当だ。阿保の涼太だ!」
「阿保!」
子供達は涼太の姿を見付けると、一斉に囃し立てた。
「お前、知ってるか? 阿保の涼太は天女なんか信じてるんだぜ」
「今時、そんなの居る訳無いじゃん。気違いだね。怖い、怖い」
涼太は黙って作業を続けた。やはり俺は時代に取り残された阿保なのだろうか? でも、俺はこれしか出来ないのだ……。