それから、私は見えない姿、聞こえない声、触れられない唇の驍と、想像の世界にいた。
「驍、ずっと一緒に居たい」
私は自分の腕で私自身を抱きしめた。
そして急に霊体さんを感じなくなった。
「黄泉の国へ行ってしまったの?」
「霊体さん」
何も感じない。
涙が溢れて止まらなかった。
霊体さんは驍なんだ。
私をずっと愛してくれていた。
ちょっとでも疑ってごめんね、驍。
お願い、私の側に来て。
あなたを感じられない人生は悲しすぎる。
驍、私を抱きしめて。
あと二ヶ月で驍は黄泉の国へ行っちゃう。
一緒に黄泉の国へ行く方法はないの?
生きている人間は黄泉の国へはいけない。
でも、自ら命を絶つことは、地獄を彷徨って、黄泉の国へはいけない。
与えられた寿命を生きなければならない。
驍、教えて、私はどうすればいいの?
俺は琴葉の気持ちを感じながらすぐにでも飛んでいきたい気持ちを堪えた。
そう、あと二ヶ月で琴葉を感じることは出来なくなる。
俺は黄泉の国へ行かなければならない。
俺の気持ちを琴葉はわかってくれた。
これ以上、琴葉の側にいると俺は自分がとんでもない行動をしてしまいそうで、恐怖に怯えた。
しかし、悩んでいる琴葉を感じながら、俺は気持ちより先に行動を起こしていた。
琴葉!
俺は琴葉を抱きしめた。
「霊体さん、来てくれたの?」
泣いている琴葉を放っておけないよ。
「驍、あのね、あと二ヶ月で驍は黄泉の国へ行っちゃうんだよね、だから、霊体のままでいいから、一緒にいて?」
琴葉。
そして霊体の俺と琴葉の生活が始まった。
琴葉を抱きしめて眠りにつく。
琴葉は俺の腕の中ですやすやと眠っている。
真夜中に琴葉は目を覚ました。
「驍、キスして」
俺は琴葉にキスをする。
琴葉は目を閉じて、唇を少し開け俺とのキスを味わう仕草をする。
「驍、ギュッとして」
俺は琴葉をギュッと抱きしめた。
琴葉は何かを感じてくれたのか、甘いため息を漏らす。
なんて可愛いんだ。
琴葉はまるで俺が見えているかのような行動を取る。
俺は琴葉の首筋から胸へ唇を移して行く。
琴葉は背中をのけぞり、俺の耳元に唇を押し当て「驍、大好き」と囁いた。
俺は触れた感触は全くない。
琴葉も触れられた感触は感じないだろう。
でも琴葉は気持ちが高揚して感じてくれた様子がありありと伺える。
俺は何もしてやれない。
琴葉は俺への気持ちを自分自身で最高潮に達した。
そんな琴葉の姿を満足して見ている俺は、気持ちだけが高揚していた。
そんな毎日を繰り返し、ある日、琴葉が俺を外に連れ出した。
「驍、買い物へ一緒に行こう」
俺は霊体のまま、琴葉について行く。
琴葉は俺にめっちゃ話かけてくる。
周りの人達からすれば、俺の姿は見えないから、琴葉は独り言を言ってる感じだ。
俺は周りの人間の表情が見える、ひそひそと琴葉の事を「変な人、一人で喋ってるよ」
とか「大丈夫かな」とか口々に言っている。
琴葉はそんなことも気にせず、俺にめっちゃ話してくる。
そんなある日、琴葉が確実に俺の頬に触れたり、俺の目をじっと見てると感じた。
琴葉、俺が見えるの?
でも、他の人は俺の姿は見えない、だから、琴葉が変に思われるよ。
「驍、私、驍の姿が見えるの、顔もはっきりわかるよ」
マジか、何が起きたんだ。
「ゆっくり話してもらえれば、唇が読めるよ」
そうなのか。
「そうなのか、って言ったんでしょ」
俺はビックリして固まった。
「驍、そんなにビックリした顔しないで」
琴葉の霊感には驚かされてばかりだった。
そんな日々があっという間に流れ、約束の三ヶ月が経過した。
俺は中村の元に向かった。
中村の中に入り込み、中村の魂に呼びかけた。
中村、中村。
誰だ、僕を呼んでいるのは……
俺だよ、俺。
海斗か。
ああ、もう俺は黄泉の国へ行かなければいけない、琴葉を頼む。
琴葉さん?
琴葉は危ない目にあえば俺がまた助けてくれると思ってる、だからお前が琴葉を助けてやってくれ。
わかった。
頼んだぞ。
俺は中村から離れた。
中村はこの時、自分の気持ちに気づき始めていた。
多分すぐには自分の気持ちを受け入れてくれるはずはないが、放っておくことは出来ないと思った。
いつもは自分から女性に気持ちの告白はした事がない。
しかし、一生に一度の愛の告白に全力で挑もうと覚悟を決めていた。
琴葉、おはよう、もう、黄泉の国へ行かなくちゃ。
「もう、時間が来てしまったんだね」
琴葉は俺に抱きつき、泣いていた。
「驍、一緒に行きたい」
俺だって離れたくないよ、でも約束は約束だ。
「死神さんが迎えに来るの?」
いや、俺が死神の所へ行く。
「驍、いや、行かないで」
俺は琴葉を抱きしめた。
琴葉、俺達は一緒にはいられない。
「いやよ、驍がいない世の中で生きていけない」
琴葉は泣きじゃくりながら俺の腕を必死に掴もうとしていた。
「驍、行かないで、行かないで、驍、いや、いやあ」
俺は徐々に意識が遠のいていった。
琴葉、琴葉。
俺は黄泉の国へと旅立った。
「驍、驍」
琴葉はうなだれて泣いていた。
しばらくして、琴葉はその場を離れた。
まるで夢遊病者のようにふらふらと……
私は朝、目が覚めた時、見知らぬ部屋だった。
ここはどこ?
「琴葉さん、目が覚めましたか、三日間眠っていましたよ、もう目覚めないかと心配しました」
私に声をかけてくれたのは中村さんだった。
「中村さん、私、どうしてここに?」
「琴葉さんのアパートの前で倒れていたんですよ」
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
私は深深く頭を下げた、そして立ち上がろうとした時、目眩がして倒れそうになった。
「危ないよ、まだ、無理でしょ、何か食べて、体力つけないとダメですよ」
「でも、これ以上ご迷惑かけられませんから」
私は中村さんの忠告を聞かずに、立ち上がろうとした。
やはり、倒れそうになって、中村さんが支えてくれた。
「驍に頼まれたんです、だから、僕を頼ってください」
「えっ?驍に」
「はい、だから勝手な事されては困ります」
「すみません」
私は体力が回復するまで、中村さんにお世話になることになった。
毎日、驍の話をしてくれた。
私の体力が回復したころ、中村さんは大切な話があると言ってきた。
「琴葉さん、初めの頃は海斗に頼まれたから、あなたの側にいたんですが、体力が回復して、
僕が側にいなくても大丈夫になったと思うんですが、今度は僕が琴葉さんに側にいて欲しいと思い始めました、だからお願いです、僕のために側にいてください」
「ありがとうございます、とても嬉しいんですが、私、驍のことは忘れられません」
「いいですよ、それでも、いつまででも待ちます」
「中村さん」
中村さんの気持ちに甘えるわけには行かないと思ったが、少しずつ中村さんに惹かれている自分に気づき始めていた。
驍、ごめんね、驍のことは忘れない、でも中村さんの側にいてもいいかな?
私は、驍がいいよって言ったような気がした。
その頃、黄泉の国では、琴葉の事をずっと見ていた二つの瞳があった。
海斗 驍。
琴葉、いいよ、中村と幸せになってくれ。
これからもずっと見守ってくよ、琴葉。
END