「あなたはお亡くなりになりました」
俺の隣で事故の様子を宙に浮いている状態で説明している男がいた。
「お前は誰だ」
「私は霊体となった死者を黄泉の国へ連れて行く死神です」
「死神?」
「はい、あなたは残念ながら即死状態です、諦めて私と黄泉の国へ参りましょう」
俺が死んだ、即死状態?嘘だろ。
「おい、冗談だよな、俺はまだ二十三だぜ、これから琴葉と結婚して、子供が産まれて、
いっぱいやりたい事あるんだよ」
「皆さん、そうおっしゃいます、でも寿命は変えられません」
「この世に未練があるんだ、なんとかしてくれ」
「そうですね」
死神はしばらく考えて言葉を発した。
「三ヶ月だけ、幽体離脱した身体に乗り移り、この世で過ごす事が出来ます」
「本当か、俺の身体には乗り移れないのか」
「あなたの身体は亡くなっています、まだ亡くなっていない、しかも魂が抜けた状態の身体なら、乗り移る事が出来ます」
「そんな都合のいい身体があるのか」
「ありますよ、そのかわり三ヶ月だけです、その間にやりたい事を成し遂げてください」
俺は迷いもせず、死神の提案を受け入れることにした。
「後、これはお勧めしませんが、生きている魂が抜けていない身体に入り込む事が出来ます」
「そうか、わかった」
「この場合、本人の魂は寝ている状態ですので、あまり永い時間だと目覚めなくなることがありますので注意してください、では、同じ年代の男性で、あなたと関わりが無かった方、う〜ん、あ、いました」
「これからその身体にあなたを入れ込みます、いいですか、あくまでも身体は仮の姿です、
あなたは霊体ですので、決して正体を明かしてはいけません」
「わかった」
「三ヶ月だけです、必ず私の元にお戻りください」
「約束するよ」
俺は死神と共に仮の姿である男性の元に着いた。
一人暮らしのこの男性は急に幽体離脱してしまい、三ヶ月ほど彷徨って戻って来ないらしい。
俺はこの男の身体に入った。
「一つ注意があります、ある特定の人間と特別な関係を持ってはいけません、
あなたは三ヶ月後、黄泉の国へ行くことは変えられない事実です」
死神はそう言い残して消えた。
まず、琴葉が気になった。
俺が事故死して平気でいられるわけがない。
琴葉!
俺の脳裏に琴葉が危険な目に遭う姿が映し出された。
ヤバい!
俺は仮の姿の男性から抜け出して琴葉の元に飛んだ。
えっ?すげえ、
その時、目の前で琴葉が横断歩道を渡ろうとしていた時、車道の信号は赤なのに、突っ込んで来た車がいた。
「琴葉、危ない」
俺は咄嗟に琴葉を抱き上げて、歩道へ下ろした。
琴葉は咄嗟の出来事に戸惑いを隠せずにいた。
しばらくして琴葉は二度目の危険な状態にあった。
ほんとに不思議だ、脳裏に浮かんでくる。
またしても琴葉の窮地を救う事が出来た。
この時は仮の姿のまま、現場に向かった。
久しぶりに琴葉と肩を並べて歩いた。
でも琴葉の瞳に写ってるのは俺じゃない。
いまだに琴葉は俺の死を知らない。
スマホが繋がらないと不信感を募らせている状態だった。
俺は仮の姿のままこれ以上琴葉と一緒にいる事に危機感を感じた。
まず、俺への不信感を取り除く。
俺はその場から咄嗟に離れた。
仮の姿の俺が琴葉に俺の死を伝えるのは不自然だ。
また、仮の姿の俺と関わりを持つ事は俺の意に反するからだ。
次の日、俺は中村の身体を借りる事にした。
中村、悪いな、身体を貸してくれ。
俺は中村の身体に入った。
琴葉のコンビニに向かった。
レジに並び「浜咲琴葉さんですよね」と声をかけた。
「はい」と琴葉は答えてくれた。
「俺、海斗と同じ職場の中村と言います、海斗と連絡取れなくなったと思うんですが」
そこまで言うと琴葉が俺の言葉を遮った。
「もう、海斗さんとは関係ないんでお話することはありません」
琴葉はそう言うとテキパキとレジを済ませ「次の方どうぞ」と俺の言葉を聞こうとはしなかった。
俺は唖然とした。
俺の死を知らないまま、俺との愛に不信感を抱いたまま、俺との愛を無かった事にしようとしている。
それでいいのか、いいわけない。
俺は一旦中村の身体を離れた。
中村、ごめんな。
中村は頭がぼーっとしているようで、自分の記憶を探っていた。
「僕は、なんでコンビニにいるんだ、まずい、遅刻だ」
中村は走って会社に向かった。
俺は琴葉の事が気になり、霊体のまま彷徨っていた。
琴葉は仕事帰り、また近道をしようとしていた。
「この道は使うなって言ったのに、琴葉は何を考えているんだ」
不安は的中した。
コンビニからずっと琴葉の後をつけて来た不審者がいた。
琴葉は足早にアパートを目指した。
急に琴葉は立ち止まった。
琴葉、立ち止まったら追いつかれるのに、どうしたと言うんだ。
不審者はどんどん琴葉に近づいて来た。
俺は琴葉に近づき、琴葉を抱き抱えた。
琴葉の身体は宙に浮かんだ。
琴葉は驚いた表情を見せた。
不審者は腰を抜かしてその場を走り去った。
それはそうだろ、目の前で人間が浮いてるんだから、驚かないやつはいない。
危機一髪でまた危険を回避出来た。
俺は琴葉を下に下ろし、琴葉を見つめた。
琴葉には俺の姿は見えない。
キョロキョロ辺りを見回していた。
このまま琴葉をこの場所に置いて行くことは出来ないし、どうすればいいんだ。
悩んでいると琴葉はとんでもない言葉を口にした。
「あのう、どなたかいるんですか、もしかして驍?」
俺は心臓が止まるかのような驚きを覚えた。
琴葉は言葉を続けた。
「朝、仕事場に驍の会社の方が来て、驍の事を伝えようとしていたの、私は振られたと思っていたから邪険にしちゃって、驍の身に大変な事が起きているの?」
琴葉、今の俺は何も答えてやれない。
「驍、私の手を握って?お願い」
俺は言われた通り琴葉の手を握った。
すると、思っても見ない事が起きた。
琴葉は目を閉じて、俺を感じていた。
「驍、暖かいよ、驍を感じるよ」
琴葉は目にいっぱいの涙を溢れさせて俺がいるであろう方向を見つめた。
マジかよ。
「驍、アパートに着くまで一緒にいてね」
琴葉はそう言うとアパートへ向かって歩き出した。
アパートに着くと、琴葉は自分の気持ちを俺に伝えた。
「ありがとうございました、私を助けてくれて、私の茶番に付き合ってくれて、どなたか存じませんが、感謝します」
えっ?俺だよ、琴葉。
俺は声を張り上げて叫んだ。
でも俺の声は琴葉に聞こえない、俺の姿は琴葉に見えない。
「私、霊感があるんです、多分この世に未練がある霊体が彷徨っているんですよね、殆どの人間はわからないと思うんですが、私は感じることは出来ます、驍と連絡取れなくなって、
同じ会社の方が店にいらした時、分かったんです、きっと別れを伝えるために、その方は頼まれたんだろうって、でももし、そうじゃなくて、驍が霊体になってしまって、私を助けてくれたのなら、嫌われたんじゃないって思えるから、だから……自分かってですよね」
琴葉、その通りだよ、俺が琴葉を嫌いになるわけないだろう。
でも、その言葉は宙を飛んで琴葉に伝わらずにシャボン玉のように消えた。
「でも、嬉しい反面、悲しいです、驍が霊体になったのなら、話すことも出来ない、でももし私を嫌いになったのなら、生きていてもどっちにしろ話すことは出来ないですよね、私は驍に嫌われたなら、生きていけない、でも私をまだ愛していてくれるなら、霊体でもそばにいて欲しいって、思いました」
琴葉、俺はどうしたらいいんだ。
「ごめんなさい、驍と思いたくて、あなたは優しい霊体さんですね、助けて頂いた上に私の茶番に付き合ってくださって感謝します」
俺は琴葉をずっと愛し続けている驍だ、どうやったらこの気持ちが伝わるんだ。
「ありがとうございました、それじゃおやすみなさい」
琴葉はそう言ってドアを閉めた。
琴葉は俺に振られたと思い込んでいる。
確かに霊感は他の人間より感じるんだろう。
しかし、まさか俺とは思っていない。
また、中村の身体を借りるとするか。
霊体が俺だと言うことは伝えられない。
でも、振られたんじゃないと言う事実は伝えたい。
俺は仮の姿の元に戻った。
琴葉が泣いている様子が感じられた。
俺は矢も盾もたまらず霊体で琴葉の元に飛んだ。
琴葉!
泣いていた琴葉は俺を感じたのだろう。
顔を上げて、涙を拭い、辺りを見回した。
「霊体さん?」
琴葉はキョロキョロして、俺がいる方向に視線を向けた。
まるで俺の姿が見えるみたいに、俺を見つめて来た。
「琴葉」
俺は思わず琴葉を抱き上げた。
一瞬びっくりしたようだが、でも確実に俺が、いや、正確に言えば琴葉を助けた霊体がその場に存在する事を確信したようだった。
「ごめんなさい、一人でいると寂しくて、涙が溢れてくるんです、あっ、もう下ろしてもらっていいですか」
俺は琴葉を下ろした。
「ちょっとだけ、気持ちが楽になりました、でも、なんでいつも私の危険を察知して助けてくれたり、落ち込んで泣いてる様子を察知出来るんですか?」
琴葉の様子は全て俺の脳裏に浮かんでくる、自分でも不思議だよ。
俺の声は聞こえない、琴葉は一生懸命答えを感じ取ろうとしてくれていた。
「多分霊体さんは感じるんでしょうね、でもあなたは誰なんですか」
俺は驍だよ。
「驍?」
えっ?俺の声聞こえたの?
「そんなわけないですよね」
だよな、びっくりした。
琴葉とのこんなやりとりが新鮮で、心地良かった。
「霊体さん、私ね、驍って思いたいのかもしれません、だって連絡取れない理由が嫌われて連絡取れないのと、霊体になって連絡取れないのとって考えたら、私以外の女性と何処かで一緒より、霊体でも私を好きでいてくれた方がいいから」
琴葉!