「ほう」

 ソフィアの言葉を聞いて、用心棒は唇の端を吊り上げた。

 歪な笑み。
 その表情からは、自分が絶対的有利に立っているという自信が見えた。

 不可視の斬撃。
 今のところ、ソフィアは致命傷を受けていないが、それも時間の問題。
 この攻撃を避け続けることはできないし、見切ることなんて、もっと不可能。
 いずれ、不可視の斬撃の前に倒れる。

 そう信じる用心棒は、改めて攻撃に移る。

「お前の番は永遠に訪れない。ずっと、俺が主導権を握る」

 用心棒は自信たっぷりに言い、剣を斜めに振る。

 速度もキレも大したことはない。
 ソフィアは半身にして斬撃を回避。

 直後、頭の中で警報が鳴る。
 空気の流れに異常。
 左右からなにかが迫る。

 素早く視線を走らせるものの、やはり、なにも見えない。
 これもまた、用心棒の不可視の斬撃なのだろう。

 ただし、

「どうということはありませんね」

 手品の種を見抜いた今、なにも問題はない。

 体をひねり、右からの不可視の斬撃を回避。
 続けて、一歩後ろに下がることで、左からの不可視の斬撃を回避した。

「ば、バカな!? 貴様、今のどうやって……」

 必殺の攻撃を完全に見切られたことで、用心棒が動揺した。

 その様子がおかしくてたまらないというように、ソフィアが笑う。

「不可視の斬撃の正体は、じっと見つめないとわからないほどの極細のワイヤーですね?」
「くっ……」
「あなたは剣士ではなくて、糸使い。剣の攻撃は全てフェイクで、糸を操ることこそが本命。なかなかに手の込んだ仕掛けでしたが、種が割れてしまえば大したことはありませんね。所詮は、ただの手品です」
「バカを言うな……俺のワイヤーは、種が割れたからといって、簡単に避けられるようなものじゃない! この技術をみにつけるために、どれだけの年月と努力を費やしたことか……!!!」
「それは、おあいにくさまでした。ですが……私は、これでも剣聖を名乗っていますので。これくらいの手品にやられてしまうほど、脆くはありません」
「くっ、ううう……ぐあああああっ!!!」

 いつの間にか立場が逆転して、追いつめられていた。
 その事実を認めたくないというように、用心棒が獣のように叫ぶ。

 そして、やぶれかぶれの突撃。

 ワイヤーを巧みに操り、全面攻撃をしかける。
 前後左右、上からもワイヤーが迫る、避けることのできない多面攻撃。
 用心棒が持つ最大の必殺技だ。

 これを使い、仕留めてきた敵は数しれず。

 しかし、

「その手品はもう見切りました」
「なぁっ!?」

 避けようのない、多面攻撃。
 逃げるスペースは欠片もないはず。

 それなのに……

 魔法でも使ったかのように、ソフィアは全ての攻撃をかすり傷一つ負うことなく避けてみせた。

 ありえない、と用心棒が目を剥くが、これは紛れもない現実。
 障害をあっさりと乗り越えたソフィアは、用心棒に迫り、剣の腹を痛烈に叩きつける。

 ゴキィッ、と骨を数本まとめて砕く感触。
 その激痛に耐えられるわけがなく、用心棒は意識を手放した。

「ば、バカな……」

 大金を払い、雇った用心棒。
 その力は、自身が知る限り最強。

 それをあっさりと倒されてしまい、ファルツは愕然とした。

 こんなはずじゃなかった。
 邪魔者を排除して、ドクトルに対する覚えを良くする。
 そして、さらに上へ登り、いずれ、冒険者協会の全てを掌握する。

 そんな野望を思い描いていたのだけど……
 ガラガラと夢が崩れていく音が聞こえた。

「さて」

 ソフィアは剣を抜いたまま、ファルツに向き直る。

「ひぃ」

 ファルツは震えた。
 猛禽類と相対しているかのような恐怖。

 いや。
 猛禽類では収まらない。
 竜に睨まれているかのような、そんな圧倒的な絶望感。

 ソフィアはにっこりと笑う。
 ただし、目はまったく笑っていない。

「安心してください、殺しはしません。ただ、フェイトを巻き込み、傷つけようとしたことは許せませ。そしてなによりも……アイシャをひどい目に遭わせようとしたことは許せません。私、あの子のことをもっと知りたいと思っているみたいなので。そんなわけで……聞きたいことや証言してほしいこと、たくさんあるので、殺しはしません。ただ……命以外のものは、色々と諦めてくださいね?」

 ……その後、屋敷中にファルツの悲鳴が響いたとか。