しばらくの間、ジャガーノートはアイシャとスノウを睨みつけていたけど……

「……やめダ」

 不意に殺気を消した。
 つまらなそうに鼻を鳴らして、その場に伏せる。

「興が削がれタ」
「えっと……」

 それはつまり、戦いを止めるっていうこと?

 あれだけの怒りを抱えて。
 あれだけの憎しみを抱えて。
 人間との戦いを誰よりも望んでいたはずなのに、でも、終わりにする?

 信じられない。
 騙し討ちを企んでいると考えるのが自然だ。

 でも……

 怒りと憎しみに吠えていたジャガーノートは、今はとてもおとなしい。
 それと、いつの間にか黒い感情は消えていた。

 水面が凪ぐように。
 とてもとても静かで、落ち着いていた。

 それを成し遂げたのはアイシャとスノウだ。
 戦うことだけを考えていた僕達と違い。
 二人は対話を試みて。
 そして、見事に成功させた。

「小娘……名前ハ?」
「アイシャ。この子は、スノウ」
「アイシャ、スノウ……そうカ。悪くない名だナ」

 気のせいかもしれないけど……
 今、ジャガーノートが小さく笑ったような気がした。

「昔、お前達のようなものがいれバ、あるいは我ハ……いヤ、考えても仕方ないことカ」

 ジャガーノートの体がゆっくりと崩れていく。
 尾の先から。
 手足の先から。
 細かい塵になって、サラサラと風に飛ばされていく。

「あっ……!?」
「キューン……」
「小娘と我の子孫ヨ、我に同情するカ?」

 アイシャはなにも言わない。
 ただただ、寂しそうに悲しそうにして、耳をぺたんと垂れていた。

「眠るの……?」
「そうだナ……我は眠ル。もウ……疲れタ」

 それはジャガーノートの本心に聞こえた。

 怒りをまとい。
 憎しみで突き進み。
 しかし、その果てに残るものはなにもない。
 長い時間を過ごしてきたけど、結局、心は満たされない。

 疲れ果てて。
 心と魂が削れる。

 ここにいるのは聖獣でも魔獣でもなくて、ただの孤独者だ。

「~♪」

 ふと、アイシャが歌を歌い始めた。
 ちょっと拙いけれど、一生懸命に歌う。
 スノウもそれに合わせて鳴いた。

 それは子守唄。
 ソフィアがよく歌っていたものだ。

 母から子に。
 アイシャは、受け継がれたものをジャガーノートに捧げる。

 鎮魂歌。

「……あァ……」

 ジャガーノートの体の崩壊は止まらない。
 ほぼほぼ全身が崩れ、頭部にまで及ぶ。

 それでも、ジャガーノートは絶望しない。
 むしろ、安らかな表情を見せていた。

「お前の歌ハ……温かいナ。我が失イ、そしテ、忘れていたものダ……こんなにも温かいものだったのだナ……」

 ジャガーノートの瞳から、涙が一粒、こぼれ落ちた。

 アイシャは微笑む。

「おやすみなさい」

 そして……
 ジャガーノートは完全に消滅した。

 ただ、その眠りはとても穏やかなものだっただろう。
 彼の魂は、今度こそ、安らかに眠れる。
 ずっと。