「ジャガーノートは……!?」

 着弾時に発生した土煙が少しずつ晴れてきた。

 確かな手応えはあった。
 でも、倒したと断言することはできない。

 僕達は油断なく剣を構えて……
 ほどなくして土煙が晴れる。

「ぐゥ……うアアア……お、おのレ、人間メ……」

 ジャガーノートは生きていた。

 頭部に大きな穴を開けて。
 大量の血を流して。
 それでもなお、生きていた。

 普通の生き物なら死んでいるはずだ。
 これが魔獣の力……?

 いや、違う。
 これは執念だ。
 過去に受けた酷い仕打ちを忘れることができず、絶対に復讐を果たすという暗い執念。
 それがヤツに力を与えている。
 絶対に終わってたまるものか、という怒りと憎しみが体を動かしている。

「まずいですね……」
「うん、やばいね……」

 ソフィアとレナが難しい顔に。
 なんのことか不思議に思っていると、リコリスが僕の肩に戻ってきて、説明してくれる。

「あいつ、下手したらゾンビ化するわよ」
「えっ」
「ゾンビっていうのは、生に強い執着を持ったヤツがなったりするから。このままだと……」
「それ、最悪の事態じゃないか!」

 ジャガーノートがゾンビ化して、不死性を獲得したら、もう手に負えない。
 絶対に倒せないとまでは言わないけど、さらに被害が拡大することは確実だ。

 そんなことにならないように、今、ここで倒しておかないと……!
 でも、これだけのダメージを与えてもジャガーノートは沈まない。
 怒りと憎しみを支えに、生にしがみついている。

 いったい、どうすれば……

「もう……やめよ?」
「キューン」

 ふと、アイシャとスノウが前に出た。

「アイシャ!?」
「アイシャちゃん!?」

 ソフィアと一緒に急いで追いかけるものの、それよりも先に、二人はジャガーノートの前に移動してしまう。

「巫女と我の子孫カ……くくく、いいゾ。その身を捧げロ。そうすれば、我はさらに力を得ることガ……」
「オンッ、オンッ! キューン……」
「我を咎めるカ……? 我の子孫ならバ、我の血肉になることを光栄ニ……」
「ちがう」
「なニ?」
「スノウは怒ってないよ。もう止めて、って泣いているの」
「なにヲ……なにを言っていル……?」

 まったく怯まないアイシャに、ジャガーノートは戸惑いを覚えている様子だった。
 僕達も戸惑いを抱いて、ついつい様子を見てしまう。

 というか……
 今、アイシャとスノウの邪魔をしてはいけない。
 なぜかわからないけど、そう、強く感じたんだ。

「もうやめよう? 怒ってばかりだと悲しいよ。寂しいよ」
「なにを言うカ……! この小娘ガ!!!」

 ジャガノートが怒りに吠えた。

「我は奪われたのダ! 仲間を、子を、愛しい者を……尊厳だけではなくて、心も魂も、全てを奪われたのダ!!! そのようなことを許せると思うカ? 思わヌ! なればこそ奪い返してやるのが道理というものダ!」
「でも、それじゃあいつまで経っても終わらないよ」
「なんだト?」
「ずっと終わらないよ。悪いこと、ずっと続いちゃう。だから、終わらせないと」
「我に我慢しろというのカ!? この怒りと憎しみを捨てろというのカ!?」
「そんなものいらない」

 質量すら伴うような怒りと憎しみを叩きつけられて。
 それでもアイシャは怯まない。
 むしろ、真正面からきっぱりと言い返してみせた。

「ぽかぽかがあればいいの。むー、って顔になっちゃうようなものはいらないの」
「小娘、貴様……」
「わたし、おとーさんとおかーさんに会って、にっこり笑えるようになったの。心がぽかぽかになったの。その方がいいよ、絶対にいいよ。だって、楽しいから」
「……」
「だから、あなたも……一緒に笑お?」

 アイシャはにっこりと笑い、ジャガーノートに手を差し出した。
 スノウもその隣に並んで、じっとジャガーノートを見つめる。

 誰もがジャガーノートを倒すべき敵と位置づけていたけれど、アイシャとスノウは違った。
 二人は、まず最初に対話を試みた。
 話をしたい、気持ちを知りたい……そう思った。

 そこにあるのは純粋な、真っ白な心。
 全てを浄化するような優しさ。

 それは、アイシャとスノウだからできたことだ。
 僕達には、とてもじゃないけど思いつかなかった。

 そして……