宿の裏手に出ると暗闇が広がっていた。
 表通りならともかく、裏通りにまで明かりは広がっていない。

 月明かりだけが頼りだ。
 ただ、今夜は曇り。
 曇の隙間からわずかに月明かりが差し込むだけで、わずかに地面が照らされている。

「良い夜ですね。月は隠れているものの、風は穏やかで過ごしやすいです。そう思いませんか?」
「そうだな」

 暗闇の中から現れたのは、大柄な男だ。
 その身にふさわしい大剣を背負っている。

 黎明の同盟の幹部の一人、ゼノアスだ。

「あなたは?」
「ただの剣士だ……黎明の同盟に所属しているけどな」
「なるほど。では、敵ですね」
「お前は、噂の剣聖か?」
「どの噂なのかわかりませんが……ソフィア・アスカルトです」
「間違いないようだ」

 ゼノアスは背中の剣に手を伸ばした。
 その切っ先をソフィアに向ける。

 ソフィアもまた、剣を手にする。
 聖剣エクスカリバー。
 初手から最強の切り札を使うことにした。
 そうでなければいけない。
 手加減も様子見もできる相手じゃない。

 それを理解しているからこそ、ソフィアは全力を出すことにした。

 ただ、問題はアイシャ達のことだ。
 ゼノアス以外の敵がいたとしたら対処できない。

「安心しろ」

 ソフィアの胸中を読んだかのように、ゼノアスが淡々と告げる。

「ここに来たのは俺だけだ。部下も仲間も連れてきていない。また、俺の独断なので、他の連中が勝手をすることもない」
「……ずいぶんと親切ですね?」
「他のことに気をとられ、全力を出せないなんてもったいないことはしてほしくない。やるからには、全力の剣聖を叩き潰す……それだけだ」
「なるほど。確かにあなたは『剣士』ですね」

 ソフィアは苦笑した。
 そして、わずかにだけどゼノアスに共感を覚えた。

 剣を扱う者として、二人には通じる者がある。
 剣を振る目的はまったく違うものの、力に対する姿勢はとてもよく似ていた。

「ただ、勝手をしている以上、それなりの成果は出さないといけないからな。俺が勝った場合、巫女と神獣はいただく」
「させるとでも?」
「さてな。どうなるか、俺もわからん。答えは剣が知るだけだ」

 ゼノアスの闘気が高まる。
 空気がビリビリと震えて、近くの小動物達が慌てて逃げ出していく。

 ソフィアもまた、静かに力を溜めていく。
 ゼノアスが荒ぶる高波なら、ソフィアは静かに打ち寄せてくるさざ波だ。

 普段は穏やかに、ただただ静かに。
 しかし、時に岩を砕くほどの力を発揮する。

「……」
「……」

 互いに視線を交わして、

「あ、そうです」

 ふと、思い出したようにソフィアが尋ねる。

「フェイトのこと、知りませんか?」
「フェイト? ……あの小僧か」
「知っているようですね。少し前から行方不明なのですが……なにかしましたか?」
「一戦、交えただけだ」
「結果は?」
「ついていないな。途中で逃げられた」
「そうですか……」

 つまり、フェイトが逃げると判断してしまうほどに追い詰められた。
 その後の行方が心配ではあるが、ゼノアスの口ぶりからしてまだ生きてはいるのだろう。

 そう判断したソフィアは改めて剣を構える。

「失礼しました。もう聞きたいことはなにもありません」
「そうか。では……」

 ゼノアスも剣を構える。
 闘気と闘気が激突して、ビシビシと空気が悲鳴をあげる。

「「死合おう」」