「んー……こっちかな?」

 レナは時折足を止めつつ、王都をゆっくりと歩いて回る。

 フェイトを探して、そろそろ3時間が経とうとしていた。
 手がかりは見つからない。
 ただただ勘で動き回っている。

 それでもレナは焦っていない。
 むしろ余裕すらあった。

 レナは勘が鋭い。
 その勘のおかげで今まで生き延びることができて、そして、強い剣士になることできた。
 だから、なんとなくだけどこっちにフェイトがいるかも? と勘が働いているうちは焦る心配はない。

「だいぶ近づいてきた感じ?」

 そう言うレナは、王都を囲む壁の外に出ていた。

 そこはスラム街になっていた。
 他所からやってきたものの、居場所を得ることができず壁の外で暮らすしかない者。
 あるいは、犯罪を犯して街を追われた者。

 そんな者達が壁の近くに住み着いて、スラムが形成されていた。

 王都の闇が凝縮されたような場所だ。
 一歩でも踏み込めばどんな目に遭うかわからない。
 盗賊でさえ恐れて近づかない。

 そんな場所を、レナは鼻歌を歌いつつズンズンと突き進む。

 レナのような美少女がスラムに足を踏み入れれば、10分と保たず襲われるだろう。
 金目のものは全て取られ、服を奪われ、犯されて……
 そして人生が終わる。

 そのはずなのだけど……

「「「……」」」

 スラムの者達は静かだった。
 レナに襲いかかることはなくて、ただ視線をやるだけ。

 彼らは獣のように凶暴で、外から来る者に容赦しない。
 しかし、獣だからこそ危険に対して人一倍敏感だ。
 レナが只者でないことを一目で察して、ちょっかいをかける者はほとんどいない。

 ……ほとんど、というだけで、少しはいた。
 そして、そういった愚か者は漏れなく返り討ちに遭う。
 下卑た笑みを浮かべた男がレナの前に出て、欲望をぶつけようとして……そして、瞬殺されていた。

 ばかなヤツ……と、周囲のスラムの者達は哀れみの視線を送る。

「ねえねえ、おじさん。ボク、フェイトを探しているんだけど知らない?」

 自分の二倍はあろうかという大男を軽々と制圧しつつ、レナが笑顔で尋ねる。

「ふぇ、フェイト……? な、なんのことだ?」
「知らない? ボクと同じくらいの歳の男の子。強いだけじゃなくて、めっちゃ可愛いの。抱きしめたい男の子ナンバーワン! ……知らない?」
「し、知らねえよ、そんなヤツ……ただ」
「ただ?」
「見たことのねえ大男なら見かけたことがある」
「大男?」
「背は俺と同じか、ちょい上くらいで、無骨な感じで……なんかもう、一目見てやべえ、って背中が震えるような男だった。あれはマジでやばい……鈍感な俺でも、死ぬ、って思ったからな……」
「……ゼノアスかな?」

 他に思い当たる男がいない。
 レナは少し真面目な顔をして考える。

「そいつが少し前、ここで暴れてたんだよ。俺は、それくらいしか知らねえよ」
「ほんと?」
「ほ、本当だ。だから……」
「オッケー。じゃあ、腕一本で許してあげる」
「ぎゃあ!?」

 レナは男の腕を折り、それから拘束を解いた。

「ひ、ひぃ……ど、どうしてこんな……」
「ボクを襲おうとしたのに、命は助けてあげるんだから感謝してほしいくらいなんだけど? ボクも女の子だから、キミがしようとしたこと、今までしてきたであろうことを考えると、ムカツクんだよねー……やっぱり殺そうかな?」
「ひぃやあああああ!?」

 レナの殺気を浴びせられて、男は脱兎のごとく逃げ出した。

 その背中を見送りつつ、レナは難しい顔を作る。

「たぶん、ゼノアスがここにいて……フェイトもここにいた。二人は戦って……それから? それからフェイトはどこに?」

 レナは手頃な木箱に腰掛けて、腕を組む。
 つま先で地面をリズミカルに叩きつつ、思考を広げた。

「フェイトの気配はしない。ゼノアスの気配もしない。戦いはもう終わっている。フェイトがやられた? ううん。嫌な感じはしない。なら、逆にゼノアスが倒された? ううん。あのゼノアスが簡単にやられるわけがない。なら……」

 ぶつぶつとつぶやきつつ、レナは考える。

 考えて。
 迷い。
 そして閃く。

「フェイトは……負けた。そして、ここに逃げ込んだ?」