夜。
「……」
ソフィアは庭に出て、月夜を見上げていた。
その横顔は無表情で、なにを考えているか察することは難しいだろう。
ザッ、という草を踏む音。
それでもソフィアは振り返らない。
ただ、月夜を眺める。
「綺麗ですね」
姿を見せたのはアルベルトだった。
ソフィアの隣に並んで、同じく月を見上げる。
「眠れないのですか?」
「それ、私のセリフですよ」
「はは……いや、情けない話ですが、緊張していまして。いよいよ明日と思うと、なかなか眠ることができず」
明日、レノグレイドの領主グルドは、鉱山を視察することになっていた。
採掘量が若干落ち込んでいるため、その調査に同行するためだ。
場所が場所だけに、大人数で行くことはできない。
また、街の中ということで護衛は最小限。
グルドを討つ絶好の機会であり……
いくらかの検討が重ねられた結果、作戦を実行することとなった。
急といえば急な話だ。
しかし、こういう機会は突然巡ってくるもの。
このチャンスを逃せば、次はいつになるかわからない。
その間、民は苦しみ続ける。
大規模な武装蜂起が発生するかもしれない。
それらのことを考えると、この機会を逃すわけにはいかない、という結論になったのだ。
「少し意外ですね」
「おや、なにがでしょうか?」
「これだけのことを考える人なので、とっくに覚悟は決めていると思いました」
「覚悟なら決めていますよ」
アルベルトは即答した。
その顔に迷いの感情はない。
怯えの色もない。
ただ、まっすぐに前を向いていた。
「なにがあろうと、父を……グルドを討つ。そして、街を救う。そう決意をしております」
「それなら……」
「ですが、私も人間ですからね。感情を完全に制御することはできない。覚悟は決めましたが、それでも、時折、感情が揺らいでしまうのですよ」
「……そうですか」
ソフィアはアルベルトの感情に理解を示した。
なぜなら、ソフィアも緊張しているからだ。
力を貸すと決めたものの……
失敗したら、とんでもないリスクを負うことになる。
死ぬかもしれないし、そうでなくても、指名手配などをされて一生が終わるかもしれない。
自分一人だけなら問題ないのだけど……
フェイトやアイシャも関わってくると、さすがに緊張せずにはいられない。
リコリス?
彼女は……まあ、なんとでもなる。
「ただ、明日になる前にアスカルト殿に会えたのは幸いでした」
「なにか私に話でも?」
「はい」
困った……と、ソフィアは内心で眉をたわめた。
おそらく、妻になってほしいとか、そういう話だろう。
アルベルトのことは嫌いではない。
誠実な人であるし、能力も高い。
ただ、すでにフェイトがいる。
自分は彼のものだ。
他の誰かのものになるなんて、欠片も想像することができない。
「一つ、お願いがあります」
アルベルトは、そんなソフィアの内心を察したのか、直接的な話はしない。
「今回の件がうまく解決したら……その時は、こうして、また二人で話をする機会をいただけませんか?」
「それは構いませんけど……今じゃなくていいんですか?」
「今はやめておきましょう。そうしてしまうと、気が緩んでしまいそうなので。ですから、話は事件が解決した後に」
「……それ、フラグになりません?」
「なるかもしれませんね」
アルベルトは笑う。
「ですが、そのようなフラグ、へし折ってやりましょう」
「あら」
「そして、またアスカルト殿に話をする機会をいただきたいと思います」
思っていた以上に強い人だ。
ソフィアは、心の中でアルベルトに対する評価を上方修正した。
もっとも、それでもなお、フェイトに届くことは絶対にないのだけど。
「わかりました、約束します」
「ありがとう」
よほど嬉しいらしく、アルベルトは子供のように笑う。
「それと、もう一つ。わがままを言ってもいいですか?」
「なんですか?」
「もう少しだけ、一緒に月を眺めていてもよろしいでしょうか?」
「……いいですよ」
ソフィアとアルベルトは、それ以上は言葉を交わすことなく、静かに月を見上げるのだった。
「……」
ソフィアは庭に出て、月夜を見上げていた。
その横顔は無表情で、なにを考えているか察することは難しいだろう。
ザッ、という草を踏む音。
それでもソフィアは振り返らない。
ただ、月夜を眺める。
「綺麗ですね」
姿を見せたのはアルベルトだった。
ソフィアの隣に並んで、同じく月を見上げる。
「眠れないのですか?」
「それ、私のセリフですよ」
「はは……いや、情けない話ですが、緊張していまして。いよいよ明日と思うと、なかなか眠ることができず」
明日、レノグレイドの領主グルドは、鉱山を視察することになっていた。
採掘量が若干落ち込んでいるため、その調査に同行するためだ。
場所が場所だけに、大人数で行くことはできない。
また、街の中ということで護衛は最小限。
グルドを討つ絶好の機会であり……
いくらかの検討が重ねられた結果、作戦を実行することとなった。
急といえば急な話だ。
しかし、こういう機会は突然巡ってくるもの。
このチャンスを逃せば、次はいつになるかわからない。
その間、民は苦しみ続ける。
大規模な武装蜂起が発生するかもしれない。
それらのことを考えると、この機会を逃すわけにはいかない、という結論になったのだ。
「少し意外ですね」
「おや、なにがでしょうか?」
「これだけのことを考える人なので、とっくに覚悟は決めていると思いました」
「覚悟なら決めていますよ」
アルベルトは即答した。
その顔に迷いの感情はない。
怯えの色もない。
ただ、まっすぐに前を向いていた。
「なにがあろうと、父を……グルドを討つ。そして、街を救う。そう決意をしております」
「それなら……」
「ですが、私も人間ですからね。感情を完全に制御することはできない。覚悟は決めましたが、それでも、時折、感情が揺らいでしまうのですよ」
「……そうですか」
ソフィアはアルベルトの感情に理解を示した。
なぜなら、ソフィアも緊張しているからだ。
力を貸すと決めたものの……
失敗したら、とんでもないリスクを負うことになる。
死ぬかもしれないし、そうでなくても、指名手配などをされて一生が終わるかもしれない。
自分一人だけなら問題ないのだけど……
フェイトやアイシャも関わってくると、さすがに緊張せずにはいられない。
リコリス?
彼女は……まあ、なんとでもなる。
「ただ、明日になる前にアスカルト殿に会えたのは幸いでした」
「なにか私に話でも?」
「はい」
困った……と、ソフィアは内心で眉をたわめた。
おそらく、妻になってほしいとか、そういう話だろう。
アルベルトのことは嫌いではない。
誠実な人であるし、能力も高い。
ただ、すでにフェイトがいる。
自分は彼のものだ。
他の誰かのものになるなんて、欠片も想像することができない。
「一つ、お願いがあります」
アルベルトは、そんなソフィアの内心を察したのか、直接的な話はしない。
「今回の件がうまく解決したら……その時は、こうして、また二人で話をする機会をいただけませんか?」
「それは構いませんけど……今じゃなくていいんですか?」
「今はやめておきましょう。そうしてしまうと、気が緩んでしまいそうなので。ですから、話は事件が解決した後に」
「……それ、フラグになりません?」
「なるかもしれませんね」
アルベルトは笑う。
「ですが、そのようなフラグ、へし折ってやりましょう」
「あら」
「そして、またアスカルト殿に話をする機会をいただきたいと思います」
思っていた以上に強い人だ。
ソフィアは、心の中でアルベルトに対する評価を上方修正した。
もっとも、それでもなお、フェイトに届くことは絶対にないのだけど。
「わかりました、約束します」
「ありがとう」
よほど嬉しいらしく、アルベルトは子供のように笑う。
「それと、もう一つ。わがままを言ってもいいですか?」
「なんですか?」
「もう少しだけ、一緒に月を眺めていてもよろしいでしょうか?」
「……いいですよ」
ソフィアとアルベルトは、それ以上は言葉を交わすことなく、静かに月を見上げるのだった。