「っ……!!!?」

 ビクンッと、煉獄竜の巨体が震えた。

「……」

 しばらくの沈黙。
 僕もソフィアも。
 ホルンさんもリコリスも、油断なく構えたまま、煉獄竜の様子を見る。

 そして……

 ドォンッ……!

 煉獄竜は地に沈んだ。

「……」

 傷だらけの体はピクリとも動かない。
 呼吸もしておらず、完全な沈黙を保っていた。

 煉獄竜の討伐は……完了した。

「や……」
「やったあああああーーーーっ!!!」

 僕とソフィアは抱き合って喜んだ。
 そのまま、ぴょんぴょんとジャンプをして、さらに喜ぶ。

 ただ、そんな僕達以上に喜んでいる人がいた。

「……」

 ホルンさんはなにも言わず、煉獄竜の前で剣を掲げてみせた。

 討伐完了の証。
 それを誰に見せているのか?

 掲げた剣は天に向けられている。
 つまり……そういうことなのだろう。

 ホルンさんは、友達との最後の約束を果たすことができたのだ。

「いやー、すごいね」

 パチパチパチ、と拍手が響いた。

 慌てて振り返ると、レナの姿が。
 いったい、今までどこに潜んでいたのやら、まるで気配を感じなかった。

「いざとなったらボクも加勢するつもりだったんだけど、まさか、三人だけで倒しちゃうなんて。あ、小さな援軍もあったから、四人かな?」
「……なにをしに来たの?」

 僕は剣を構えた。
 ソフィアも、続いてエクスカリバーを構える。

 レナと面識のないホルンさんは、やや戸惑っている様子ではあったけど……
 僕達の様子を見て敵と判断したらしく、リコリスを背にかばい、刃の先を変える。

「んー、称賛? あ、心配しないで。こうなった以上、横からかっさらう、なんてことは考えてないから」
「信じられませんね」
「ホントホント。その煉獄竜は、好きにしていいよ。素材にするなり、そのまま埋葬するなり、お好きに」
「……」
「でも、フェイトのことは諦めていないけどね♪」
「ぶった斬ります!」
「お、落ち着いて」

 ソフィアが突撃しそうだったので、慌てて制止した。

「なにもする気がないなら、どうして僕達の前に?」
「だから、称賛だって。剣聖ならともかく、フェイトと見知らぬおっちゃんが煉獄竜を倒しちゃうなんて、思ってもいなかったからさー。すごいなー、って感心したの。だから、称賛したいと思って出てきたの。それだけ」
「……」

 嘘は言っていないように見えた。
 それに、レナの性格を考えると、そういうことをしてもおかしくない。

 って……

 なんだかんだで、レナともそこそこの付き合いになるんだよな。
 彼女の性格、行動が少しは読めるようになってきた。
 それを喜ぶべきなのか、どうなのか……悩ましい。

「それだけの力があるなら、資格はあるかもね」
「資格?」
「今、ふと思ったことなんだけどねー……フェイト。それにソフィアも。ボク達『黎明の同盟』の仲間にならない?」
「「なっ!?」」

 思わぬ誘いに、ソフィアと同時に驚きの声をあげてしまう。

 僕達がレナの仲間に……?
 そんなこと考えたこともなかった。

「ま、思いついただけだから、本格的な勧誘は後にしておくよ。頭の片隅にでもいいから、置いておいてくれるとうれしいな」
「そのようなふざけた誘い、考えるまでもありません」
「そうかな? ボク達の目的を知れば、きっと賛同してくれると思うよ。まあ……その辺りは、今度話すよ。ボクは、この辺で帰るね」

 レナはそう言うと、ちらりとホルンさんを見る。

「……さすがに、これ以上ドヤ顔して話をして、空気を壊すほどバカじゃないからねー」

 ばいばい、と手を振り、レナは姿を消した。
 たぶん、転移の魔道具を使ったのだろう。

「ふむ……今の少女は何者じゃ? 只者ではないようじゃったが……」
「色々とありまして」

 一言で説明することはできない。

 それよりも……

「撤退したのは本当だと思うから、今は、やるべきことをやりましょう」
「……そうじゃな。ありがとう」

 やるべきこと。
 それは、ホルンさんがノノカから受けた依頼を完遂することだ。

 ホルンさんがノノカから請けた依頼の内容は、煉獄竜をなんとかしてほしい、というものだ。
 なんとかしてほしいは、被害を出さないだけじゃない。
 素材を悪用されるなどして、二次被害を出さないことも含まれているのだろう。

 そう判断したホルンさんは、荷物から大量の油を取り出した。
 それを煉獄竜の死体にかけて、火をつける。

 たちまち全身が燃えて、ブスブスと焼け焦げた匂いと煙が充満する。

 僕達は洞窟の外に出て、しばらく様子を見る。
 そして、全部燃えただろうと、十分な時間をとってから……

「ノノカ嬢……遅くなったが、これで約束を果たすことができたぞ」

 ホルンさんは、あらかじめしかけておいた爆薬を起動させた。

 複数の爆音。
 そして、轟音と共に大量の土砂が崩落して、洞窟が埋まる。

 途方もない重さの大量の土砂だ。
 煉獄竜がゾンビになって復活することもないだろうし、その素材を悪用することもできない。

 これで、完全に終わりだ。

「……」

 ホルンさんはなにも言わず、空を見上げた。

 なにを考えているのか、それはわからない。
 でも……
 その頬を、一筋の涙が伝った。